ンドルフィンと隠し事

14

 

 ―――一体この地球のどこにディルドを舐めても許される場所があるんだろう。

 悶々とそんな不毛な事を考えていた好紀は、大きなため息を吐いた。あれからイチとは妙に距離があった。毎日会っても拭えない気まずさが空気に漂う。こんなことは初めてで好紀自身どうしていいか分からない。

 キキッ、と音がして顔を上げるといつの間にかクミヤ専用の送迎車が止まっていた。運転手に頭を下げ、好紀は背筋を伸ばした。蝉の鳴き声を聞きながらしばらく外で待っていると待ち人が現れた。何度見ても惚れ惚れする彼に、好紀は深々と礼をする。

「お疲れ様ですっ」

 今日も元気な好紀の声を無視して車に乗り込もうとするクミヤに急いでついていき、一緒に乗車した。

 運転手は二人がシートベルト着用をしたところを確認しスムーズに車を発進させた。

 好紀はいつも通り、独り言を披露していた。天気の話から始まり、ニュースの話、最近の出来事迄話したところでつい言ってしまった。

「この前、舐める練習してたら同室の奴に見られてしまって」

「…………ディルドを?」

 かなり時間が経ってから、クミヤが声を上げた。

 運転手がミラー越しに二度見したのが見え、好紀は顔を真っ赤にした。運転手が驚くのも無理はない。クミヤが話したことが珍しければ、内容が内容だ。こんな話をごめんなさい、運転手さん―――。好紀は俯き、顔を真っ赤にしながら言った。

「練習した時下半身丸出しで爆睡してたら、ええと、そのお………その状態でディルドごと…見、つかりました……」

「馬鹿かよ」

「う゛っ」

 ズバッと言われ、好紀は胸を抑える。馬鹿かよ、馬鹿かよ、馬鹿かよ―――。クミヤの罵倒が頭の中でグルグルと回る。確かにあの時の俺は馬鹿だった自覚がある。同室のイチを怒らせてしまった要因は100パーセント自分であり、きちんと謝らなければいけない。

「そう言われると反論できない…っす」

 はあ…、と好紀は大きくため息を吐いた。

 しばらくしてからクミヤの口から出てきた言葉に好紀は絶句した。

「……うちでやれば」

 うちでやれば―――、うちでやれば―――。またクミヤの言葉が頭の中で反芻し、好紀は間抜けな顔を晒す。だから驚きの声がかなりの時間が経ってからだった。

「…っえ?」

 驚いてからクミヤの部屋でやることを想像する。確かにクミヤの家でやることは好紀にとって好都合だった。目の前に指導者がいるわけだし、何より絶対に『クミヤ以外』にはディルドを舐めている所なんて見られる心配はない。今まで悩ませていたものが全て解決出来た気がして好紀の顔は自然と明るくなった。

「良いんすか?!」

「―――玄関でやれよ」

「う、は、はいっ」

 玄関でやるとかどんな羞恥プレイだよ―――。

 そう思いつつ、好紀は大きく頷いていた。そんな様子の好紀をナンバー2は目を細め一瞥すると、窓の方に視線を移した。その表情を見ても何を考えているのか一切分からない。

 ―――よーし、これで技術はうなぎ上りだ!―――好紀は未来は明るいと楽観し、すっかりこちらに興味のなくなった男に永遠と世間話をしていた。

 自分の未来は明るいぞ!…―――そんなことを呑気に思っていたが、現実はそう甘くなかった。

「下手くそ」

 何回、今日その罵倒を聞かされたのだろう。好紀は『技術指導』のため、今日もまたクミヤの部屋に来ていた。

 部屋から出るときにはイチには何も言わずに出ていかず、に一言「用事があるから出かける」と言い残した。彼は「ん」と取り敢えず返事をくれた。少し許してくれたのだろうか―――?そんなことを考えていると、頭に衝撃が走る。

「舌出してるだけで、客を満足できると思っているのか?」

「うぅ…」

 頭を掴まれ、舐めていたディルドを口から出され好紀は呻く。クミヤは相変わらず好紀への指導は辛辣で厳しいものだった。取り繕うことはない本音のみの指導は、労りも優しさもなくただ好紀が「下手くそ」であると教えてくれる。

 玄関先ではなくベットでの技術指導ではあったが、口での指導は厳しいことには変わらない。好紀は必死になって性器を模したものにむしゃぶりつくが、冷たい視線を感じ上を見上げるとクミヤが口を開く。

「お前には色気がない。それは『ソイツで突っこんで欲しい』っていう気持ちが微塵もないからだ。お前、一回も客に突っ込んで欲しいって思った事ないだろ」

「ッ」

 ―――図星だった。

 図星をさされ、好紀は小さく喉を鳴らす。セックスを気持ちがいいなんて思ったことがない好紀には、客の性器を舐めることは苦痛でしかない。

 クミヤは「馬鹿なお前にも分かるように教えてやっている」という事で、いつもの100倍は喋っている。これが冷たい言葉でなければよかったのに、と思わずにはいられない。だがクミヤの言っていることは好紀の根本的な問題を指摘していた。

 きっと好紀はその問題を解決しなければ上手くはならない。それは分かっていた。分かっているのに、身体は拒絶する。

「…、セックスって…、気持ちのいいものなんですか?」

 好紀はいつの間にかクミヤに問いかけていた。その好紀の問いに、クミヤは一瞬目を見開き―――すぐに無表情に変わった。そして無情にも冷たい言葉を吐き捨てる。

「お前は、俺になんて言葉を貰いたいんだ?」

「あ……」

 そのクミヤの言葉に好紀は自分が愚かな質問をしてしまったのだと気づく。クミヤは、お前は共感してもらいたいだけなんだろう?という顔をしていた。その通りだ。好紀はクミヤにセックスは気持ちの良くないもの、そう言って欲しかったのだ。ただ自分が一人ではないと思いたかったのだ。

「ご、ごめんなさい…」

 好紀は深く…深く謝罪をした。どうしてか、謝らなければいけない、そう思ってしまった。

「重症だな」

 クミヤはククッ…と笑う。何もかも馬鹿にした笑みだった。好紀だけではなく、この世の事が全てどうでもいいという印象を抱く声音。どこか寂し気な王様の笑い声に、好紀は胸を抑える。クミヤの笑みは珍しく―――好紀は見惚れた。先ほどの質問で怒ったのか―――そう好紀は思ったが違かった。

「お前の気持ち何てどうでもいい。お前はただ、客を喜ばせる術を身に着け、それを実行すれば『気持ちよく』なれる」

「気持ち、よく…」

「好きなモノを思い出してしゃぶれ、それだけで大分マシになる」

 客なんてどうせ蝶の表面しか見てねえ―――…。

 クミヤはそう言って、目を細める。初めて好紀はクミヤに優しくアドバイスの言葉を貰った気がした。好紀は、持っていたディルドを握りしめ、口を開ける。その瞬間叱責が飛ぶ。

「もっと唾液を作ってから口を開けろ」

 好紀は、羞恥を覚えつつも目を瞑り、口を閉じて舌を動かし唾液を作る。恐る恐る震えながら好紀は粘ついた口腔をクミヤに見せつけた。その行為は、今までフェラの練習をしていて一番恥ずかしかった。その刹那クミヤの手が伸び、顎を掴む。

「もっと舌を動かして、『俺はちんこを欲しがっている』ってことをアピールしろ」

「ん、ぅ、っ」

 好紀はまるでクミヤの操り人形だった。好紀は必死に舌を動かし、唾液を生成する。その時の粘着質な音が恥ずかしくて目を瞑る。好紀は文字通り口の中まで蕩けた表情で、クミヤを見つめる。

「ほら、しゃぶれ『お客様のが美味しくてしょうがないです』って顔で」

 ゾクゾクとした身体の震え。クミヤの声がそうさせるのか。嫌悪しながらも腰を動かしてしまう。ディルドが本物に見える―――あのどす黒い性器に―――。好紀は透明なディルドを咥え、口の中に頬張った。そんな好紀へ頭から降り注ぐのはクミヤの言葉たちだった。

「涙目で上目使いをして腰をやらしく揺らせ、『俺は我慢出来ない雌猫です』ってな」

「―――ッ」

 好紀は目を見開く。それは今まさしく自分がやろうとしていることだったから。

「…ここでちんこが勃起してればそれだけで客は勝手に興奮してくれるんだがお前には無理だな」

 ため息交じりに、好紀の股間を見られ顔が赤くなる。なんでこんなに恥ずかしいのだろう。

「勃起してたら、大股開けよ? 自分で弄ってもいいな。『欲しくて我慢出来ませんでした、早くいれてください』って言えれば喜んで突っ込んで貰えるだろうよ」

「うっ」

 無表情に言われ、冷たい視線に射抜かれると背中がビリビリとした。そしてその瞬間、身体に変化が起きている事に気づいた。好紀は慌ててその変化を何故か隠そうとしてしまった。手を伸ばし、股間に手を持っていったところで、クミヤの手に阻まれた。

「…ん? へえ……。初めて見たな、お前が勃起してるところ。ちょうどいい。ほら、股開け。つま先立ちして、自分のモノを弄ってみろ」

 珍しく面白そうに言ったクミヤの言葉は好紀にとっては難易度がMAXだった。自分の初めて起こった変化に混乱した好紀は恥ずかしさのあまり、首を折れるのではないかという程横に振ってディルドを咥えながらも「イヤだ」と抵抗してしまう。

「…、ん、んうぅッ…んふぅうううっ」

「嫌がるな。これも指導の一環だぞ」

 ピシッと手を叩かれて、好紀はぽっきりと心の決意まで折れた。

「んぶっ、」

 好紀はつま先立ちをしようとして、腰から崩れ落ちた。尻を宙に受けた状態で床に突っ伏すという非常に間抜けな格好になる。好紀は軟弱な足腰のせいで自分の体重に耐えられなかったのだ。クミヤに無様な格好を晒すことになり、好紀は身体全身を真っ赤にさせた。

 良い感じだったのに、何やってんだ俺――――。ダメダメな自分に好紀は地団駄を踏みたくなる。

 本当に穴があったら入りたい。

「…………下手くそ」

 そしてクミヤから貰ったのは冷たいいつも通りの定型文で。その呆れた声は、好紀のプライドを木端微塵にした。

「…う゛うぅ〜っ」

 羞恥で煮えたぎり、好紀は子供のように唸り、その場で足をジタバタとさせた。いつの間にか勃起していた自分の性器は元に戻っていて、好紀はそれにもまた自分にガッカリしたのだった。

 

 

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