ンドルフィンと隠し事

5

 

「二度とくるな、あのケチ野郎ッ」

 あれから好紀は寮に帰るなり、自身の枕をベットの上に投げすてた。

 好紀が怒っているのは、先程の客のことだ。写真を撮ったらクレームを言わないと言っていたのに、あの後本部へ『コウ』へのクレームを言ったらしい。先ほど本部から連絡があり、減給という処分が下された。これだけ早く処分が下されるなんて、今まで積もり積もったものが原因としか考えられない。

「ちくしょお…ちくしょお…」

 泣いたって自分のやった行ないが消えるわけではない。

 だがあれだけのことをして、満足に報酬が貰えないのが何より耐えきれない。好紀はベットの上ですすり泣いた。身体と心が引き裂かれそうに痛む。

 頭の中で先程の自分の顔がこびりついて離れない。

「ただいま」

「ッ」

 見知った声―――同室であるイチの声が聞こえ、思わず好紀は布団にくるまる。それは夏の終わりの今の季節には少々暑く感じられた。

「あれ? コウ、寝てんの?」

 下のベットにいる好紀はすぐにイチに見つかった。軽く揺さぶられ身体をビクつかせるとイチが「いるじゃん。起こしちゃったなぁ」と布団を軽く捲る。

「ぎゃあああっ」

「――――コウっ?」

 叫ぶつもりじゃなかったのに、好紀は叫んでしまった。そして、捲られたときに、イチと目があった。イチはコウの顔を見ると顔色を変えた。コウの今の状態は普通ではなく、涙を浮かべ何かに怯えた様子で震えていたからだ。

「コウ、なにがあった?」

 好紀は心配した様子で詰め寄るイチが≪何か≫に見えた。

「あ、ぅ、うあっ」

  ドンッ―――。

 手に伝わる衝撃に、好紀は我に返る。

「ッ」

 いつの間にか好紀はイチを突き飛ばしていた。イチは驚いた様子で好紀を見つめていた。それはとても哀しい表情で。好紀はその顔を見て、意識を戻す。そして今自分がイチになにをやってしまったのか、自覚する。

 それは今の好紀の精神状態では対応できるモノではなかった。

 ただイチが哀しい顔をしている―――それだけが分かった。

「な、なんでもない…」

 何とか普段通りの笑みを浮かべようとする。だがそれはもう笑みではなかった。イチはメガネの奥の瞳を苦しそうに細めた。

「ムリに笑わないでくれ…」

「………」

 イチは好紀のことを自分の事のように心配してくれていた。だからこそ、今さっき自分が彼に一瞬でも怖いと思ってしまったことが、まるで彼を裏切ってしまったみたいに思えて辛かった。イチも今までディメントの仕事をしてきて疲れているだろうに、なんでこんなに優しいんだろう。

 好紀が何か言葉を出そうとした瞬間だった。

『…おい、大丈夫か。今叫び声が聞こえなかったか?』

 ドアが何回かノックされ、イチがドアの前に向かう。ドアを開けたイチの目の前にいたのは寮の部屋が近くのコウと同じ下位のメンバーだった。

「ああ、大丈夫だ。俺が驚かせちゃったみたいで」

「ならよかった、あ…コレをコウに渡すようさっき神山さんから言われてて…」

「え? あ、ぁあ…、ありがとう…」

 青年の言葉で、イチはかたまっている。イチに渡されたのは白い便箋だった。青年はそれを渡すと、その場をそそくさと去っていった。青年がいそいそと帰ったのは、その中身が何なのか分かっているからだ。この白い封筒の意味は1年以上ここにいるメンバーなら分かることだった。

 それはもちろん受け取ったイチも、宛先先である好紀も。その封筒の中身が分かっているからこそ、イチは泣いていた。

「コウ…、俺…どうしよう、お前に何ができる? 俺、結局何も出来なかった…」

 白い便箋をくしゃりと握りしめ、頬を濡らすイチは、本当にやさしくて。どうしてこんなに優しい人が、こんなところ…ディメントに居るのだろうと思った。

「イチは何も悪くないよ…俺が、出来ないから悪いんだ…」

 好紀はそうつぶやくと、目を瞑り死刑宣告を受け入れた。

 

 

 

 「講習会参加決定のお知らせ」

 好紀宛だと渡された封筒に入っていた紙にはそう書かれていた。参加メンバーには下位のメンバーやナンバー30前後であるメンバーなど様々だ。そして好紀の源氏名「コウ」の名前が連ねていた。

 ディメントには一か月に一度はあるかない頻度で不定期に講習会が開かれる。それはただの講習会ではない。ディメントで働いている男娼のなかで、たとえば客に暴言をいったり、逆らったりした蝶をその講習会という名目で裁くのだ。

 講習会なんてそんな教えてもらうものではなく、もう結果が決まった粗相をした蝶を、大勢の前で凌辱するのだ。公開処刑のようなもので、つまりコウは処刑人ということになる。

 開催の日付は明日の24時開始 23時00分集合、場所 8階となっている。

 行きたくなんてなかった。だが、行かなかったらどうなるか分からない。この講習会を受けて、心が病んで死んでしまった男娼もいるぐらいだ。それだけでもこの講習会が凄惨な内容を行っているということが分かる。

 イチには「いくな」と必死で止められた。行かなくてもいいように神山さん、小向さまに俺から交渉してみる、と言ってくれた。

 だがそういうことをしたら、イチにまで制裁がいってしまうかもしれない。それだけは嫌だった。好紀はイチの善意を断った。そんなことするな、迷惑だ、とキツイ言葉を云って。そんなこと言いたくなかった。だけど、キツい言い方をしないとイチは諦めてくれなそうだったから。

 イチは反論も何も言わず、哀しそうな顔をして好紀のことを見ているだけだった。

 ―――そして運命の日がやってきた。

 集合時間の5分前になってから、好紀は普段は立ち入り禁止となっている8階へ上がった。そして廊下を歩くと、中世ヨーロッパを感じさせるドアが目の前に広がっていた。それは会場へ繋がるドアだと分かり、中に入るとそこには受けるメンバーたちと、小向(こむかい)がいた。

 小向とはディメントのオーナーで、本当は企業の社長をやっているらしい。いつも顔を合わせるたびにクミヤに会うようなプレッシャーを感じる。年齢不詳ではあるが、40代にはなっているだろう。もっと上かもしれないが若々しいエネルギッシュな人だ。

「コウ」

 彼に付けてもらった名前を呼ばれ、好紀は姿勢を正す。

「自分がやってきた行いは分かっているはずだ。しっかりと講習を受けなさい」

「は、はい…ッ」

 冷たい声で言われて、背筋が凍る。小向はそれだけいうと去っていた。コウのほかにも10人程が会場には集まっていた。会場には丸いステージを囲うように椅子がおかれている。本当に、ここで『講習会』行われるんだ――――、好紀は今更ながらそんなことを自覚する。

 ステージ上に一列に並べさせられたメンバーは、皆震えていた。それもそうだ。ここで自分たちがどんなことをされるのか分かっているからだ。

 薄暗いステージの頭上にはスポットライトがあった。小向の隣には神山 秋人(こうやま あきと)―――ディメントナンバー1が立っている。スーツ姿の彼らはどちらも美形なので目を引いた。だが、白百合のように美しいナンバー1の口から出てきたのは聞いたこともない冷たい言葉だった。

「服を脱いで準備して」

 その言葉にメンバーは戸惑った。もちろん好紀もだ。右往左往するメンバーに鋭い言葉が飛ぶ。

「早くしろ」

 命令されたみんなは急いで全裸になった。服を一か所に集められ、覆い隠すものがなくなった。それはとても羞恥を煽るモノで、今自分が何をされるのか自覚することになる。ディメントで働いているだけあり、皆綺麗な身体をしていた。

 だがそれはスタイルの良さが肌のきめ細かやさの綺麗さだけで痛々しい傷跡や、情事の痕がひろがっているものもいる。それは好紀も例外ではない。

 そしてみんなが全裸になった瞬間、いつの間にか目の前にスーツ姿でサングラスをかけた大柄な男たちが並んでいた。そしてろくな説明もないまま、メンバー1人につき、2人の男が割り当てられ哀れな蝶たちは取り押さえられた。好紀にも別々の右手に力強く両腕を掴まれた。

 突然の出来事にメンバーが混乱している中「これから身体検査を行う」と神山と声がかかった。

 そしてその言葉を合図に会場は混沌の渦へと巻きこまれた。それは普通の身体検査ではないということは悲鳴や、嬌声があがる会場を見てわかった。

 今にも逃げ出したい気持ちが駆られた全裸になった好紀に、耳元に男二人の声が落とされる。

「お前は俺らが検査してやるからな。たしか≪コウ≫ちゃんっていうんだっけ?」

「お、ずいぶん可愛い顔した問題児だなぁ」

 屈強な男たちの粘ついた声と視線に悪寒が走る。

「…ッ、い…ッ、やめ…ッ」

 尻を掴まれ、気持ちの悪さに口を押えようとするが両手は塞がれていてそれは叶わない。

「尻に何か入ってんじゃないか?」

「見てみないと分からないな」

 二人の伸ばした先は尻の秘部だった。好紀は声にならない叫びをあげた。だがこんなことは講習会の始まりに過ぎなかったということを、好紀はこれから思い知ることになるを知らず哀れな青年は叫んでいた―――。

 

 

 

 

作者を励まして下さる方、感想を送って下さるお方は下の拍手ボタンを押してくださると嬉しいです。

 

inserted by FC2 system