Re:asu-リアス-

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 その数日後。

 音楽番組に出るため、リアスのドラムリヤンと、キーボード、エレクトリックギター担当のトーマスは隣でテレビ局の歩いていた。明日とジャックはスタジオに遅れてくるそうだ。リヤンはむすっと口を結び、機嫌悪そうに歩いている。怒り肩になりながらも颯爽として見えるのはもともとのオーラ故、なのかもしれない。

 トーマスはそんなリヤンに気づいていないわけではないが、ファンに王子様スマイルと言われているいつも通りの笑みで話しかけた。

『今日の出演者で知ってる人いる?』

『いない』

 リヤンに素っ気なくバッサリと言われて、さすがのトーマスも落ち込んでいる。

『あの地味な子、話したけど変な子だった』

『地味な子?』

 突然棘のある言葉でリヤンが言ったので、トーマスは首をかしげる。その様子は紳士な容姿には似合わない幼さだった。

『あの、アスの友達の日本人』

『あぁ、イツキくん?』

 リヤンが特徴を付け足すとトーマスは大きく頷き合点がいった顔をする。地味な子っていうからわからなかったよ、とニコニコと笑うトーマスにリヤンはため息を吐く。それはトーマスの表情を見てのことなのか、これから行く収録が面倒なのかのため息なのかは判断はできない。だがイライラとしているのは分かった。

 リヤンは細い眉を顰め、ブツブツと唸るように話す。

『なんでトーマスとアスが気に入ってんのか分からないんだけど。俺が話しかけても全然俺だって気づかなかったし、顔も地味すぎてそこらへんにいる日本人と見分けつかなかったから違う人に話しかけそうになったし、意外と狂暴で俺が嫌いなミルク投げつけくるし、なぜか汚いゴミ持ち帰ろうとしてるし―――』

『…よく分からないんだけど、会って話したんだね。可愛らしい子だったでしょ?』

 ネチネチと早口でまくし立てるリヤンにトーマスは笑顔で対応する。

 そんなトーマスとは対照的に、リヤンは猫が牙をたてるような顔をする。

『…可愛い? ただただ変な子だったよ』

 ありえないんだけど、と話すトーマスは『えー、そんなことないよ〜』と反論する。何故1回だけ会って話しただけのトーマスがこんなに反論するのか分からないリヤンはますます不満そうな顔をする。アスもトーマスも趣味がよく分からない、と。

『でも会いに行ったってことはイツキくん興味があったんだね』

『興味…ね』

 トーマスの言葉に、リヤンは少し考え込む仕草をした。

『でも、まあ…たしかに面白い…変な子だったかもね』

 少し表情を和らげ、そう口にしたリヤンの声音は先ほどより穏やかで楽しそうなものだった。

 トーマスは大きくそうだよね、と頷きながら『また会いたいなぁ』と呟いた。

 

 

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 樹はあの後しばらく先ほど起こった出来事を信じられないでいたが、落ちている牛乳を見てこれが現実だと知る。コンビニで牛乳を買い、家に帰宅したがそのあとの記憶がない。母親に怒られたような気がするけど、それすらもおぼろげだ。

 明日の音楽を壊さないでね、という言葉が脳内でグルグルとまわって消えなかった。

 日本に来てから変わった、自分といるときの明日は違う、明日はずっとはしゃいでいる―――。

 いろいろと明日について言われたけれど樹はどれも実感がわかなかった。明日が人と接するときはだいたい同じような気がするし、彼は樹から見ればテンションが高い人間だと思う。

 リヤンがわざわざ来て忠告を受けるほどでもないような気がした。

 だがリヤンが何故樹に会いに来たかの理由は、なんとなくわかる。たぶんあの明日と映ったツーショット写真だ。

 あの写真がまた自分に嵐を持ってきた。

 そう思うと明日という存在の大きさがありありとわかる。写真を投稿しただけでこの騒ぎ。

 ―――あーちゃんは俺とは全く違う人なんだよなぁ…。

 何度も感じるその事実に胸が締め付けられる。手の届かない雲の上の人間。それなのに自分はおこがましく自分の価値を知りながら傍にいようとしている。一般人の樹がそばにいていい人じゃないのに。

 ―――あーちゃんが日本に来てから俺の人生変わってきてる…。

 今までだったらあり得ないことが最近起こっている。その一番の要因は明日の存在だ。明日の幼馴染という自分の立ち位置が、こんなに周りを巻き込むことになっている。

 キラキラした世界を見せてくれる明日。樹はさらに想いを強くし、自分を戒めるためぎゅっと目をつぶった。

 それから数日たったある日。また、嵐は突然やってきた。

 学校に早めについた日、先に来ていた姫川にちょっと来てくれない?と中庭まで呼び出された。

「どうしたの?」

「あのね、お願いがあるんだけどね…。―――ちょっと私の彼氏になってくれない?」

「え?!」

 驚きすぎて樹は素っ頓狂な声が出てくる。ざわ…っ、と朝の風が二人の身体を通り抜けた。

 美少女が俺に告白?!、と思わず好きな人がいるのに関わらず樹はテンションが上がりそうになるが、愛の告白にしては彼女に甘い雰囲気は感じない。あるのは、切実な想いだった。どういうことだろうと樹が混乱していると、彼女はゆっくりと話し始めた。

「―――つまりストーカー対策のためってこと?」

 樹は姫川の話を聞いて、確認するために問う。彼女は柔らかい髪を少し触り、申し訳なさそうに「うん…」と頷く。

 彼女の話はつまりはこういうことだった。最近駅で会う大学生の青年に告白されたが、姫川は付き合っている人が居るからと断ったらしいのだ。だがその青年も曲者だった。執着心が強く、時間を変えて電車に乗っても会うことが多くなったという。しかも青年は姫川が告白を断ったことをなかったことにしたように振る舞うようになったらしい。

 それでも十分気持ち悪いのだが、さらには家の前で待ち伏せていたり、姫川のメールアドレスをどこからか入手しメールが来るようになったという。

 エスカレートしていくストーカー行為に、姫川は怖くなり樹に相談を持ち掛けたということだった。警察に行ってもあまり親身になってはくれなかったようで、樹が真剣に話を聞いていると堪えられなかったのか泣き出してしまった。男である樹が話を聞いて怖いと思ったのだ。女性で、当事者の彼女はもっと怖かっただろう。

 美少女である姫川の思わぬ苦労を知り、樹は協力することになった。

「俺はいいけどさ…もっと適任がいるんじゃないのかな? 俺よりも仲がいいタスキくんとか…」

 樹が言うと、彼女のキメの細かい白い肌はみるみる真っ赤になった。まるでゆでだこのようになり、中庭のベンチから急に立ち上がって叫ぶ。

「アイツにそんなことできるわけないじゃん! 樹くんだから彼氏役できるし!」

 顔を真っ赤にして怒ったような、恥ずかしそうな表情をする彼女に樹はそうか、と思う。

「俺のことなんにも思ってないから、彼氏役頼んだんだね…。そっか…姫川さんタスキくんのこと…」

 何だか下世話な気持ちがわいてニヤニヤとしていると、思い切り姫川に背中をバシン!と強く叩かれた。意外と見た目に似合わないほど強い力だった。

「な、ななななな何言ってんの?! そんなわけないじゃん! あんなヤツのこと! 樹くん何考えてるの?! ホント頭おかしい! ありえないから! ホント!」

「…そういうことにしておくよ」

 んふふ、と愉しくなって笑っているとまた彼女に叩かれた。痛いから、これ以上からかうのはやめておこうと樹は想った。ぷりぷりと怒る彼女が新鮮で、樹は自然と頬が緩む。

 たしかに妙にタスキに絡んでいるなぁとは思ってたんだけど好きだったんだな―――と思うと妙に納得する。こういうときにタスキに相談すればいいのに、あえて彼の友達である樹に相談する彼女がとても不器用で可愛らしい。

 タスキくんに、今度姫川さんのこと聞いてみよう―――。

「具体的にどうすればいいの?」

 気になった樹が問うと、姫川の先ほどまで怒っていた顔が真剣な表情に変わった。

「フリだけでいいの。たまに一緒に帰ったり、写真撮ってくれるだけでいいから…お願いできる?」

 それぐらいなら、と樹は頷く。じゃあ早速、と彼女はケータイを取り出す。そしてカメラを向けると「はいチーズ」と写真を撮った。彼女と写真を確認すると、あまりに姫川と映る自分の顔がぎこちなくて姫川と一緒に「これは酷いね」と笑った。

 先ほどの被害を話すときの強張った表情が徐々に和らいでいって、ほっとする。

 メールで写真を送ってくれた樹は初めてとった女性とのツーショット写真を見つめた。

「樹くんは誰か好きな人いる?」

 ぼうっと写真を見ていたときに顔を覗き込まれ、慌ててケータイをしまう。樹には笑った明日の顔が浮かんだ。赤くなりながら、樹は小さく頷いた。彼女はそっかぁ、とくりくりとした可愛らしい大きな目を細めて笑う。

「どんな子?」

 きっと彼女は女性を思い浮かべているだろう。樹はそっと泣きそうになる自分を投げ捨て、彼女の問いに答える。

「…手の届かない人」

 そういうと彼女は一瞬驚いた顔をする。だがそれはすぐに悲しそうな表情になって、彼女は目を細める。

「そうなんだ…。…敵わない恋なんだね…。―――なんだかリアスの歌みたい…」

 大きな風が吹き、2人の髪を揺らす。

  ――――叶わない恋だとしても、貴方に会えたことだけが僕の生きる希望なんだ―――

 脳内に、明日の歌声が響き渡る。

 彼女の言葉が胸にしみたとき、HR開始5分前のチャイムが鳴り響く。樹と姫川は時間をずらして教室に戻った。彼女が帰り際に言った「このことは特にアイツには内緒にしてね」という言葉で、微笑ましくなる。

 だが樹と彼女のこの秘密の約束が、この後の自分の人生を大きく狂わすことになることになるなんて樹は知る由もなかった――。

 

 

 

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