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スポットライトを当たれば僕は、僕ではなくなる。
それがいつも、虚しくて、苦しくて、でも…それ以上にステージに立って歌うのは気持ちよくて。いつの間にかステージが僕の帰るための居場所になった。
Re:asu-リアス-というグループで歌う男は今日は―――というよりは最近どこかおかしかった。
『アス、今日も最高だったね!』
だがそんな変化に気づく人は今のところ誰もいなかった。当の本人さえ気づいていないのだから当たり前だ。今彼に話しかけているドラムのリヤンも、彼…明日の変化に気づくはずもなく、満面の笑みで今日のステージは凄かったと目を輝かせる。
恋は盲目と言うが、まさにそれだ。明日のファンでもあるリヤンにとって明日の歌声はすべてで、何に対しても覆されないモノなのである。
「………」
『…アス?』
自分の声に反応しない明日に触れると、彼の身体は小さくビクリと動いた。そしてリヤンに気づいたのか振り向いて、少し笑みを浮かべる。
『リヤン』
『アスどうしたの? 疲れた?』
メンバーの心配した声と言葉に明日は小さく首を振った。そうして次の表情はいつも通り満面の天使の笑みになった。
『ぼんやりしてただけだよ』
それは普段の明日のように≪完璧な笑み≫だった。―――完璧すぎて少し怖いぐらいに。しかしその笑みは普段の笑みと何ら変わらないので、リヤンには明日の違和感のある様子に気づかずましてや疑問にも思わない。楽屋に戻るボーカルの背中を追うドラマーは普段の毒舌な性格を感じないぐらい素直だった。
その二人の後ろを早歩きで追いかけたのは、リーダーのトーマスと、ギターのジャックだった。先程のテレビの生ライブの余韻があるからか、額に汗をかき、興奮気味のジャックは背中から明日を抱き寄せる。明日の瞳に、ジャックの赤髪が揺れた。
『アス〜ッ! 今日もよかったぜぇ〜』
『あっ、皆ぁちょっと待ってよ〜』
楽しそうに口を開けて大きく笑うジャックと、ぜぇぜぇと息を切らせてそのジャックを追いかけるトーマス。王子様と形容される程美しいトーマスは、息を乱していてもやはりオーラがあった。明日は集合したメンバーを微笑ましそうに見つめていた。
『リーダー親父だから足おっそいんだもん』
『えぇっ、私、おじさんじゃないよっ』
『うっせぇ。そー云うところがオッサンだよ』
『…、2人ともうるさい』
辛辣なジャックに、ジャックの言葉を本気でとらえているトーマス、そんな2人を俯瞰し普段通り毒舌発言を発したリヤン。それはいつも通りのRe:asuの光景だった。
『…あれ? アスどうしたの?』
だが、少し変えたのはトーマスだった。
『どうしたのって?』
『ちょっと表情が悲しそうだよ。何かあったの? 今日の歌声もいつもよりほんの少し辛そうだったし』
『―――そうかな?』
明日は、トーマスの言葉にやさしい笑みで返す。だが本当の彼の心の内は違っていた。
久しぶりに、トーマスが怖いと思った。誰にも、気づかれるわけがないだろうと思っていた、自分だけが分かる声の震えを―――トーマスは見抜いたのだ。さすがはリーダーというべきで、褒めるべきなのか恐れるべきなのか明日には分からない。
ばれないと思ったのにな、明日は自嘲気味に小さくため息を吐く。
トーマスの言葉に、同じメンバーの二人は抗議する。
『おいおい何言ってんだよ。いつも通りだったろーが、変な事言うなよ馬鹿トーマス』
『そうだよ。いつも通りの最高の綺麗な歌声だったでしょっ』
『ちょっと、2人とも…顔が怖い…』
一気に責めだした2人に、トーマスはたじたじになってしまっている。ジャックもリヤンも本気の顔だからよけいにトーマスに恐怖を感じさせるのだろう。そんな険悪した雰囲気が出てきた3人に向かって、明日は口を開いた。
『…トーマスを責めないで。僕がトーマスに違和感を感じさせる歌を披露しちゃったのが悪いから…』
目を伏せ、しょんぼりと肩を落とす明日は庇護欲を引き出すには十分すぎるものだった。可愛らしい落ち込み方をする明日に、トーマスが慌てた。
『アス、ご、ごめんっ、私の気のせいだと思うから…ッ、』
『ううん。…リーダーの…トーマスの言ったことに間違いなんてないから。次からは気を付けるよ』
『アス…』
天使のような笑みを浮かべる明日を、3人はぽうっと見ていた。怒っていた2人も明日のいうことだから…と、トーマスのことを、先ほどの言葉をもう責めなかった。やはりこのバンドには明日がすべてで明日の言った言葉はすべて法律になり、ある意味この世界は明日を中心にして回っていた。それに明日が気づいていないわけではない。
―――だから、利用する。
きっとこれからも、自分はそうやって生きていく。もうそれが僕だから。
『…あぁ、そうだった。皆この後時間ある? 今後のことであることを決めたいんだけど』
明日の美しい顔と甘い声で言われた言葉に、3人はすぐにYESと言って今日の予定をすべて明日のためにキャンセルした。
明日の相談。それはもうこのバンドでは、そのあることは≪決定≫したことを意味していた。
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現実は明日翔の忠告通りにはいかない。
樹は宿題をなんとか終わらせ、休みが終わると普段の日常である学校へ通っていた。あれから、明日からのメールはやはり来なかった。当たり前のことだったけれど、やっぱり寂しく思ってしまう。そんな資格はないのに。いい方向に転ぶことはなく、樹と明日の関係は明らかに低迷していた。
それは自分の行いのせいだからとやかく言える立場ではないけれど。
あの2日間のことは、今のところ明日翔にしか知られていないようだった。
そのことにほっとしたが、はやりファンであるタスキと姫川と会って話をするとだんだんと自分のしたことの大きさを自覚し罪悪感が増した。
もとより許されることをしていないのだから、樹はその心の痛みを受け入れている。
――――イズ…好き……嫌だ…僕を置いていかないで…。
「あーちゃん…」
明日の切羽詰まった声を思い出し項垂れる。そして、自分の身体に違う変化が生まれていた。
「…くッ…」
ベットの上にいる自分の身体の変化。それは股間の膨らみだった。樹はあの時の明日の痴態を思い出して、勃起してしまったのである。樹は最近自分のそんな身体の変化を感じていた。明日のあの時の痴態は衝撃的だった。
そしてそれは樹のすべてを狂わせ、今までの自分とはまるで違う快楽に弱い身体に作り変えてしまったのである。
そして、こんな体になったのに、自分では明日以上の快感を得られない。明日の声が、身体が、表情が、すべてが――――それがないと、もう満足出来ない身体になってしまった。樹は自身の性器に手を伸ばし慰める。
だが―――。
「…ッ」
樹はビクビクと震え、精を吐き出すがどこか物足りない。どうしても明日に与えられたものに勝てないのだ。そんな自分が浅ましく、恥ずかしくて、いつも樹は自慰の後自己嫌悪に襲われるのだった。最近ではその自己嫌悪のいたるまでの課程を、繰り返しをやりすぎて頭がおかしくなりそうだ。
そんないつも通りの自己嫌悪に襲われている樹に、サイドテーブルのケータイに着信があった。そして確認してみると、思わぬ人からメールがあった。
見慣れないショートメールの差出人を見て、一気に心臓が痛く張り詰める。
樹はその人に肯定の返事をし、そのままあまり深く考えないように眠りについた。
予想した通り、夢には明日がいて、愉しそうに歌っていた。
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