Re:asu-リアス-

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 指定された場所でその人を待っていると、いろいろな事ばかり浮かんでは消える。いろいろなことはいいことも悪い想像も含まれていた。ほとんどは悪い想像ばかりだったけど。

 やがて約束の時間10分前に着いた樹の5分後彼女は顔を見せた。

「お待たせしました」

 事務的な口調に本当にそう思っているのか分からない言葉。彼女が動くたび綺麗な黒髪のポニーテールが揺れた。黒縁メガネをかけたスーツの美女―――明日の専属マネージャー兼、リアス総合マネージャーの宮田さんがそこにはいた。

 彼女に呼び出された樹はこうして個室のカフェに緊張しながら座っている。

 宮田さんはメガネの奥の目を細めて、樹をまっすぐに見ている。

 ―――ホントに、綺麗な人だな…。

 宮田さんの美形ぶりにドキドキしてしまう自分が居た。そんな樹の緊張を知ってか知らずか、彼女は樹に何か飲んでくださいと言って飲み物を勧める。樹は緊張していつもは飲まない…飲んだこともないココナッツミルクを頼んでいた。

 宮田さんはコーヒーを頼み、砂糖も入れずに店員に渡されたコーヒーを飲んでいた。甘党の自分だったらムリだな―――そんなのんきなことを考えていると、自分の頼んだココナッツミルクがやってきた。

「…っぅ」

 樹は飲んだ瞬間、舌に感じた甘さが自分でイメージしていたものより甘くなくてつい渋い顔をする。

「甘いですよね」

 その言葉にはよくそんな甘いモノ飲めますね――――…、そんな宮田さんの気持ちがのせられていた。

「そう…ですね。甘いんですけど自分が思ったより、甘くなくて…俺的にはガッカリな…感じで」

「え?」

 宮田さんは無表情を崩し、≪何を言っているんだ≫といいたげな顔をした。その彼女の顔を見て自分が変な事を言っているのだと分かり、樹は慌てて首を大きく振った。

「あ、…いや何でもないです。忘れて大丈夫です…っ」

「…そうですか」

 宮田さんははぁ…と息を吐いた。表情が乏しく見える彼女だが、案外思ったことは素直に顔に出るタイプみたいだ。今日の宮田さんの雰囲気でなんとなく、今日伝えたいことの≪イイこと≫か≪悪いこと≫なのか、樹は分かってしまった。―――たぶん、きっと≪悪い≫ほうなのだと。

 ──アスさんは貴方のことを友人以上に見ています

 ──アスさんのあなたの特別視しているのは誰が見ても明らかです。アスさんは元々スキンシップ激しい方でした。ですが、貴方にするスキンシップはあまりにも距離感がおかしいんです。ライブに最前列の席に招待したり、休みの日に必ずあなたに会いに行ったり、少しでも多くあなたと傍に居たり…普通はこれが男女だったら恋人にすることです

 以前彼女に言われた言葉が頭の中で反芻していた。

 自分の考えが思い過ごしだったらいいんですと言っていた目の前の女性に、樹はどうやっても謝りきれないことをしてしまった。

 結局彼女の言う通り、樹は明日の特別だったし、樹のせいで歌もボロボロになってしまっていた時期もあった。――そのボロボロの状態の明日の歌声に樹は何も違和感を感じなかったのだが。

 自分の一つの行動、一つの言葉で明日の人生を変えていた。

「あの…、こんなことを聞くのは失礼かもしれませんが…、アスさんをフッてくれたんですか?」

「ングッ…ッ」

 宮田さんの発言が、あまりに衝撃的すぎて、樹はココナッツミルクをちょうど口に含んでいて噴き出しそうになる。すんでのところで抑えたけれど、変な器官に入って鼻がとても痛い。ゲホゲホ咳をしていると、宮田さんが慌てて席を立った。

「だ、大丈夫ですかっ?!」

「だ。だいじょ…ぶじゃ、ないですけど…平気です」

 大慌てでうろたえている彼女を見て、樹は大丈夫ですと強調して言った。

「す、すいません…変な事言ってしまって…っ」

 項垂れる宮田さんをみて、痛む喉と鼻を感じながら彼女にはなんでもお見通しなんだな―――と思ってしまった。少しだけ甘いココナッツミルクを鼻に感じ、明日に想いを馳せる。

「―――あーちゃん…が、変なんですか?」

 思わず樹は聞いてしまっていた。落ち着いて席に2人の空気が揺れた。もうこんなことを聞いてしまっているのだから、樹は彼女の質問に肯定したも同然だった。宮田さんは樹の問いに、一瞬顔を崩し、そのあとは真剣に答えた。

「いえ、完璧です」

 テーブルの上に置かれている彼女の拳はわずかに動く。

「…え?」

 宮田さんの言葉に、樹は2つの違う意味で驚いてしまった。完璧なのに、どうして宮田さんは自分を呼び出したんだろう。あんなことがあったのに、やっぱり明日は前に見た通りいつもの≪アス≫なんだと。後者は寂しさがあったが凄いと思ってしまった。

「前のようにどこか心あらずというわけじゃなく、ただ歌を歌うことに没頭しているような」

「…じゃあ、なんで」

 なんで俺を呼び出したんですか―――――…。

 そう言ってしまいそうになる。

「ですが、もう…。歌詞は書けない。歌を作れないと」

「…ッ」

 頭に鈍器が打ちつけられた衝撃が身体中に広がった。樹は明日翔に言われた言葉を思い出す。アイツの歌はすべてお前(いつき)に向けられたものだと。叶わない恋を昇華させるためだと。樹への想いを吐き出すものだと。

 ぐらぐらと揺れている脳内に宮田さんの声が響いた。

 宮田さんの顔は歪んでいた。苦しそうに、泣き出しそうな表情で言葉を紡いだ。

「世に出せない歌詞ばかり浮かんで、曲のメロディーも出てこない…。アスさんはそう言っていました。…こんなこと、本当は、してはいけないんですが…。…コレは…ゴミ箱に捨てられてたアスさんが破いただろう歌詞をテープでつないでものです」

「…あッ」

 樹はそのボロボロになった破かれた紙をセロハンテープでつないだ文章を見て、思わず口を覆い、痛む胸を抑えた。

 まるでそれは明日の心のように見えた。あの夜、樹は明日のことを傷つけてしまった。その彼の心の傷口を見ているようで、樹は目を逸らしたい気持ちになる。だがそんなことをしたら、余計に明日の気持ちを無下にしているようで。樹は目を逸らすことはせず、震える手を抑え、ボロボロになった破かれた歌詞を見る。

 殴り書きだったが、心なしか震えた文字。繊細な傷ついた明日の気持ちまで現れているみたいだった。

 だが、書かれていた歌詞は、樹の予想以上に乱れたものだった。

 ――――痛いと言って泣いたキミが愛おしい 許されないのに、許してくれているような果実の甘さが僕を狂わす

 ――――もう我慢できない、罪を犯す快楽 ルールなんて度外視で貴方を愛したい

 ――――もう戻れないの?と泣いた貴方が愛おしい 可哀想で、愛おしい、憎たらしい

「これは…」

 樹は思わず声を出してしまう。普段の明日の歌詞もエロティックだが、それは芸術品のようなエロティックさのもので、ある意味美しかった。だが破かれ書かれたモノはいつもの明日の歌詞にはない堕落した危険な香りのものを感じてしまうモノだった。淫猥な言葉に樹はドキドキとしてしまう。

 しかもこの歌詞は、あの二日間を彷彿させるもので、樹は胸が締め付けられた。

 こんな歌詞を書いてしまうほど、追い詰められていたのか―――…。

 テレビでみた明日はいつも通りだったのに。

 世に出せない歌詞ばかり浮かんで、曲のメロディーも出てこない…。

 明日の言ったという宮田さんが教えてくれた彼の言葉がぐるぐると頭の中で回っていた。

 歌を作るのが好きだという明日がそう言うぐらいだ。この問題は、明日にとってもう深刻な問題になりつつあるのだ。

「これ以上に凄いものがあったのですが、それは歌詞として見せられるレベルまで達していませんでした。…だから、何か、貴方と何かあったのかと思いまして」

「―――…」

 樹は思い当たる節が多すぎて、何も言えないでいた。絶句していると、さらに彼女は驚くべきことを話す。

「…それにあと半年でオーストラリアに戻るって言っていて」

 彼女の言葉に、今度こそ「え?」と聞き返した。

 

 

 

 

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