Re:asu-リアス-

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 それからはもうあっという間に時間が経っていった。

 毎日学校に通い、勉強と息抜きに友人と話す日々を繰り返す。樹は結局進学コースへ進路を決定した。タスキの言葉に背中を押されたのもあるが、やっぱり樹は明日に追いつきたかった。もう会えるか分からないけれど…―――。

 あれから明日は、Re:asu-リアス-が正式にオーストラリアに戻ることをテレビで発表した。

 リアスの日本のファンはその発表に度肝を抜かれた。それはタスキもアキも同じだった。発表されてから二人をなだめたり、一緒に哀しみながら時間を過ごした。

 テレビのワイドショーもそのリアスの拠点移行の話で持ちきりだった。どうしてオーストラリアに戻るのか、日本での扱いに嫌気がさしたのか、様々な論争が飛び交っているのを樹はぼんやりと見つめていた。

 明日のことやメンバーのことを下世話に想像してかきたてる世間に怒りすら沸いた。だがそれは世間だけではなく樹も同じことをしている。勝手に明日の考えを想像して、傷ついて、傷つけて、浮足立ったり―――。

 だから樹はもうとやかく思わない。明日がどうしてオーストラリアに戻ったのか、なんてもう考えない。考えたって答えも出ない。そして考える資格もない。

「……」

 樹はカレンダーを見つめた。あっという間に時間は過ぎ去って、明日が日本を去る日があと3日に迫っていた。

 明日からの連絡はないし、樹も連絡はしなかった。

「…もうそろそろなんだ…」

 樹は何も考えたくなくて目を瞑る。瞼の裏はやっぱり真っ暗だった。

 

◇◇◇◇

 

 そろそろ夏がきて、蝉が鳴く季節になっていた。じわじわと鳴く蝉が耳障りではあるが、夏らしいなと思える瞬間でもあった。

 半袖のTシャツが汗で染みつき、うっとおしく汗を拭う。

「おっ樹じゃん」

「えっ?」

 学校帰り。家路に着こうとして道を歩いていたら樹は思わぬところから声がかかった。一瞬明日の声と思った声の主は明日の兄である明日翔だった。その顔は夏の暑さにより汗が浮かんでいたがやはり美形は爽やかに汗をかいていた。

 その声を聞くのはなんだか久しぶりで、樹は思わず明日翔に近寄る。

「明日翔さんっ」

「おーおー、元気か?」

「はいっ」

 軽い挨拶を交わす明日翔に、なんだか樹はほっとした。Tシャツとジーパンというラフな格好な明日翔は手にビニール袋を持っている。どうやらコンビニ帰りのようで、24時間営業のコンビニのロゴがあるビニール袋を掲げ明日翔は笑った。

 だが明日翔の放ったその言葉は樹の思考を止めるには十分すぎるものだった。

「明日も元気だけど最近どう? なんか進展とかあった?」

「……」

 ―――何もないんです。樹はそう言いかけて、やめた。黙った樹に明日翔は首を傾げる。そして大きな口を開けた。

「えっ? まだ仲直りしてなかったのかよっ?」

 樹の苦虫を嚙み潰したような表情を見て今の二人の状態を察した明日翔は大きな声で驚いていた。樹はさらにその言葉を聞いて雄弁に顔を苦しそうに歪めた。そんな樹を見たからこそ、明日翔はさらに追い打ちをかける言葉を続けた。

「…もうすぐオーストラリアに帰っちゃうんだぞアイツ。それでいいのかよ」

 ズキン、とその明日翔の言葉を聞いて樹の胸が激しく痛む。またさらに顔を歪めた樹に、明日翔は大きく長いため息をついた。そしてまた何も言えないでいる樹を見ていた明日翔の大きな手が、樹の頭の上にのせられた。そして勢いよくグリグリと頭をかきまわされる。

「いたっ、何するんですかっ」

 いきなり頭をかき混ぜられ髪の毛をグチャグチャにされて、樹は悲鳴と抗議の声を上げる。

 手足をばたつかせなんとか逃げようとすると、そのまま明日翔の大きく硬い手で力強く腕を引っ張られた。そして温かい感触がやってきた。―――いつの間にか樹は明日翔の身体に包まれていたのだ。

「何ウジウジ悩んでんだよ。身を引いた俺が馬鹿みたいじゃん」

「…明日翔さん…」

 明日翔は樹を強く抱きしめ、くしゃりと顔を歪める。その顔は明日翔の胸の中にいた樹には見えなかったが、少し震えた声だけで明日翔の苦しそうな胸中が分かった。その小声で言った明日翔の言葉は霧がかっていた樹の心に変化をもたらした。

「お前はアイツのことが好きなんだろ? アイツもお前のことが好きなんだよ。何が問題があるんだよ。なあ、樹」

 初夏の住宅街に蝉がじわじわと鳴いていた。それは樹の耳に明日翔の声と同時に響いた。

「……だって…」

 明日翔のまっすぐな言葉は、樹を容赦なく揺れ動かす。何が問題なんだ、と問われていろいろな問題が頭の中で駆け巡る。明日は同じ男だとか、社会的な地位の違いとか…言いよどむ樹は様々な感情があふれていた。

「お前も明日と同じで頑固だよなぁ。まあそういうところも可愛いけどさ」

 ダメだったら俺のところ戻ればいいじゃん、と言う明日翔はお日様のように眩しい。

「そんなの…ダメだよ」

 そんなの明日翔に不誠実すぎる。そう言うと、明日翔は今にも泣きそうな樹の顔を見ながらはっきりとした口調で言い切った。

「そうかぁ? 良いと思うけどなぁ。 …じゃあ聞くけどさ、もしオーストラリアに戻って明日に恋人が出来たらどうすんだ」

 想像して胸がぎゅっとしてしまったが、大きく首を振り樹は浮かんだ想いを払しょくした。恋人ができるのはとても、つらい。だけど、明日の相応しい人だったら、それは明日にとって幸せになることだろうから。樹はもごもごと口を動かし、自分の考えを吐露する。

「…それは、しょうがない…し、可愛い女の子の方があーちゃんだって…」

「可愛い女の子じゃなくて、男だったらどうすんだよ」

「男…」

 樹は、思わず想像してしまった。女の子じゃなくて、自分ではない男が明日の恋人として隣にいる姿を。その瞬間、自分でも信じられないぐらいの感情が湧き上がった。それが醜い感情だと分かるから、樹は俯いた。そして震える声をあげる。

「あーちゃんがそれで幸せだったら…」

「じゃあ、どんなヤツでもいいんだな。明日に暴力をふるうやつでも、利用しようとしてるやつでも明日が幸せだったらお前は祝福するんだな」

 明日翔の言葉で樹の中の、何かが切れた。

「嫌だ」

 はっきりと、樹は言った。―――言ってしまった。

 言ったら止まらなくなるから今まで言わないでいようと思っていた胸に仕舞っていた言葉を樹は言ってしまう。

「そんな男を選ぶんだったら、俺を選んで欲しい…ッ」

 ボロボロと涙と言葉が止まらない。感情の栓が外れてしまったみたいに、樹の考えていたことが溢れて明日翔の胸の中に零れ落ちていく。

「可愛い女の子でも、誰でも…ホントは嫌だ……。でも、そんなこと言ってどうすればいいの? あーちゃんに迷惑かかっちゃうよ…」

 明日翔はやさしく労わるように樹の背中を撫でていた。我儘を言えば明日に迷惑がかかる。だがもし…オーストラリアに行って明日翔の言う通り、ろくでもない男と付き合ってしまったらどうすればいいのだろう。そんな男と付き合うのだったら、自分と付き合って欲しい。そんな想いが樹の中に沸き起こる。

 明日を想う気持ちは誰にだって負けない。浅ましくも、そんなことを考えてしまった。

「いいんだよ。明日にちゃんと気持ち伝えれば。もう少しでいなくなっちゃうんだぞ、もう会えないんだぞ。最後に言えばいいじゃん、自分の気持ちをさ」

「…明日翔さん」

 泣きすぎてグチャグチャになった顔を見せると、明日翔は『不細工だな』と言って笑った。

 もう少しでいなくなっちゃうんだぞ、もう会えないんだぞ―――…。

 その言葉で、樹は気持ちをかためた。もう、明日翔の言う通り、ウジウジ考えるのはやめた。ダメでも、なんでもいい。最後にあーちゃんに会いたい。もう樹はそれしか考えられなかった。

「俺、勇気出してみます」

 そう樹が決意をこめて言うと明日翔は『やっと笑ったな』と言ってまた陽だまりのような笑みを浮かべた。

「やっと素直になったな、世話をかけさせやがって」

 頭を撫でた明日翔をみて、樹は勇気をもらった。

 ―――最後の見送り、来てくれますよね。

 宮田さんの真剣な表情を思い出し、樹はさらに決意を新たにした。

 

 

 

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