Re:asu-リアス-

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◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 ――――俺…あーちゃんのこと好きなんだ

 そう言ったとき、信じられそうな顔で明日は夢を見ているのかと言った。明日が子供の無防備な顔で驚き、そんなことを…夢を見ているのかな、と言われて何度も謝りたかった。

 樹はただ自分の気持ちを空港で二言ぐらい伝えたかった。宮田さんに本来ならトップシークレットである飛行機の時間を教えてもらって、空港でもなるべく目立たない一番前の端のスペースをもらって。それだけでも、宮田さんには感謝しきれないのに、宮田さんから『見送りに来てくださってありがとうございます』と言われて。

 だから言いたいことだけを伝えて、すぐ家に帰るつもりだった。直接会えなくても、姿だけ見れればそれでいいと思った。

 明日がフロアに現れたときのファンの声援はすさまじかった。手を振る大スターに黄色い声が飛び交う。樹はあーちゃんと叫んだ、どうせ聞こえないだろうけど、必死に叫ぶ。だからびっくりした。いつの間にか明日が、自分の手を引っ張り空港の外で飛び出していったのは。

 様々な人の制止を振り切り、樹も抵抗したけれど、明日の必死で無我夢中な表情を見て抵抗をやめた。

 ああ、本当に自分のことを好いてくれているんだな―――。樹は、明日の今の行動を見てそう思ったから。

 人目も憚らないぐらいこんな風に想ってくれている明日が、とても愛おしくて、離したくないと思った。強風が吹く橋の上で2人は立ち止まり、樹は今までの行為の嘘を告白した。何度も謝っても謝りきれない嘘の話。

 樹は意を決して、今まで嘘をついていたことの理由を吐露する。

「俺は…あーちゃんと付き合う勇気がなかった」

「…え?」

 明日は驚いた顔をしていた。綺麗な色素の薄い髪が夏の日差しと風にあおられキラキラと輝いている。

「あーちゃんは、ずっとみんなのモノだったから、横取りなんてできないって思ってた。…自分にはみんなの五十嵐明日を独り占めする資格がないんだって思ってた。でも、そんな考えはもうやめる」

 自分にはずっと、資格がないと思っていた。今でも樹はそう思ってる。だけど―――。

 樹は堪えられなかった涙を流し、しゃくりをあげながら、樹は自身の本当の気持ちを大好きな人に伝えるためずっと考えていたことを紡いだ。

「俺、あーちゃんに追いつくって決めたんだ。隣でずっと歩いていきたいから。だから…先にオーストラリアに行って、待ってて…」

「…あぁ、イズ…イズ…」

 明日を見れば、ぼやけた視界に震える彼の姿が映る。明日は感極まり顔を手で抑え、樹と同様に涙を流していた。鼻をすすり、樹の名前を何度も呼ぶ。その姿はまるで子供のようだった。そして、初めてオーストラリアに帰ってしまったときとこの状態はとても似ていた。

 だがあの時と違うのは樹も涙を流し、そして…動揺に別れではあるが≪希望≫が確かにあることだろうか。

 樹はあふれる感情を抑えられなかった。今まで明日といた日々を思い出す。

 音楽を語り合う日々、友人の独占欲としてではない他の人と話しているのを見ると燃え上がる感情に苦悩した日々、大スターになった明日の大好きな歌声を聞きたくないと思ってしまったあの日々。

 全部が今の樹を形成する大切な日々だった。だからこの思い出を良いものに変えるため、これからも彼との思い出を作るため樹は声をあげる。

「俺、絶対にオーストラリアに行って、あーちゃんと隣にいるように努力するから…だから……おこがましい…けど、俺と…」

「……ッ、イズ、」

 ―――恋人として付き合ってほしい、という言葉は最後まで樹は言えなかった。明日が樹の身体を強く抱きしめたからだ。明日を見つめればとても幸せそうで、こちらまで嬉しかった。

「…んっ」

 強い締め付けに声をあげ、顔をあげると、息のかかる距離にいた明日が今まで見たこともないぐらい幸せそうに笑っていた。瞳に涙の膜をうっすらと浮かべ、蕩ける笑みを浮かべる美しいその姿に見惚れていると、耳元に甘露水のような声が注ぎ込まれた。

「…イズだいすき、―――オーストラリアに来たら僕と付き合って。恋人になってほしい」

 ドクンッ、と心臓が痛い程高鳴る。ドキドキしすぎて、樹の頭は熱に浮かされたみたいにぼうっとしてきた。

 本当に夢みたいだ。

 『付き合えない』と明日を拒絶し、絶対に言われることもないだろうと思っていた言葉を明日に言われるなんて。樹は彼の胸の中ではにかみ、隠すことをやめた想いたちを言葉として明日に向けた。

「…うん、俺もそれを伝えたかった…、あーちゃん、す…だい…好き…」

 恥ずかしすぎて最後に言った愛の告白は小声で尻すぼみになってしまった。だが耳のいい明日にはちゃんと聞こえ伝わったみたいだ。言った瞬間、明日の顔が歪んだ。顔をしかめ、すぐに樹を思い切り強くひしと抱きしめる。

「イズ、僕嬉しい…。幸せ…あー、顔が涙でグチャグチャ…めっちゃかわいい…」

「…ッ。あーちゃんも、顔…すごいよ」

 言われ、樹はかあっと顔が熱くなる。確かに樹の顔は涙と鼻水で汚くなっていた。だが明日も涙で濡れている顔が幼い。そのことを指摘すると明日はとても愉しそうに「ふふ…」と笑った。こんな風に笑っている姿は久しぶりに見て、胸があたたくなる。

 じんわりと幸せを噛み締めていると、ふと脳裏にあることがよぎる。

 急いで自身の腕時計をみると、宮田さんから教えられていた飛行機が出発する時間がいつの間にか近づいていた。

「あっ! まって、時間、飛行機の時間ヤバイ! あーちゃんダッシュ、ダッシュ!」

 思わず叫び、樹は顔を近づけていた明日の身体ごと引きはがす。甘い空気が流れていた二人だったが、樹には≪飛行機の時間≫というタイムリミットのほうが最優先事項だった。今頃宮田さんや関係者が突然消えて飛び去った二人を血涙で探していることだろう。

 そんな姿を想像した樹は顔を真っ青にさせた。こんなに話している場合じゃなかった!と、樹は急に冷静さを取り戻し、逆にまだ甘い空気が残った明日は口を膨らませふてくされている。

「えっ、キスお預け…? まさかここで、生殺し…? イズも一緒に飛行機乗ろうよ…」

 可愛い上目使いの明日のおねだりにふらりと意思が傾きそうになるが、樹はぐっとこらえる。

「ごめんっ、それは無理!だからあーちゃんにはもう少し待っててほしい! ほら、走って!」

 無茶を言う駄々っ子のような明日に、今度は樹が明日の腕を無理やり引っ張る。今は明日との会話より空港のほうの道を確認するほうが最優先事項なのだ。

「イズなんかお母さんみたい…恋人失格…」

「まだなってないからっ、もう、そんなこと言ってないで早くッ!急ごうっ」

「…ふふっ、うんっ」

 夏の日差しを受けながら、2人は道を駆け抜ける。その姿はこれが永遠の別れではないと…2人がこれから一緒になるための別れだと分かっている眩しい笑顔の彼らがいた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 あれから樹は、いろいろな人から、いろいろなことを言われた。

 まず宮田さんには空港で戻ってきた際に『アスさんを連れ戻してくれてありがとう』ととても感謝された(やはり明日は宮田さんにとても怒られていたみたいだった)。当の明日には『待ってるね』と言われ、笑顔で旅立っていった。

 リアスのメンバーからもジャックには『マジで殺す』と罵倒され、リヤンには『ひやひやさせないでっ』と何故か明日ではなく樹が怒られ、トーマスは対照的に『二人で話せてよかったね』と笑顔で言われた。やはりトーマスは紳士だ。

 この一連の明日の逃走劇には一時お茶の間のニュースを騒がせた。ファンもマスコミも連れ去った相手―――樹を探そうとしたけれど、なんとかバレずに済んだ。それも明日がオーストラリアで初めて行った会見で

『あれは友達で、久しぶりの再会に舞い上がって連れ出してしまった』

 と言ってくれたからだ。みんなはその説明を信じ、ニュースでも取り上げられなくなった。ここでもやはり明日はルールなのだと実感する。

 やはりバレる人にはばれる様でタスキとアキには「あれって樹くん?!」と騒がれ、明日の兄である明日翔には『お前ら大胆だな〜』とはやされた。明日翔に自分の気持ちを伝えたと言うと、自分のことのように嬉しそうにしてくれた。

 それから両親にも進路について話した。そう…オーストラリアに行くことを伝えたのだ。母の方は初めは反対していたけれど、明日のお仕事のお手伝いに行くと言ったら、喜んでOKしてくれた。だが父の方は海外の厳しさをしっているからこそ、本当にそれで後悔しないのかと聞いた。

 樹が後悔なんてしない、と言うと「そうか」と言ってオーストラリアに行くことを許してくれた。

 樹はオーストラリアに行くため様々な準備をし、そして高校の卒業と同時にオーストラリアに旅立った。

 きっともう、日本に帰ることはほとんどないだろう。

「イズ…ッ、」

 明日が樹のことを空港まで来てくれ、来るのを待ってくれていたときをみてそう思った。

 それから樹と明日は正式に付き合うことになった。ファンの皆やマスコミには絶対に秘密だが、メンバーと宮田さんには報告した。宮田さんは喜んで祝福してくれた。

『絶対に認めない』

『まあ、別に音楽が変わらなきゃいいけど』

『おめでとう〜』

 メンバーの皆はそれぞれ違う反応をした。だけど、明日が「イズのことよろしくね」とニッコリと笑って言えば反対していたジャックでさえ『ああ、よろしく!』と樹を笑顔で挨拶していた。やはりここでは明日が法律だ。

 それから樹は巧みな英語を使い、宮田さんのマネージャー補助という仕事を行っていた。ゆくゆくは独り立ちし、宮田さんの手を借りずに明日を支えたいそれが今の樹の夢だ。

 そしてそろそろ海外の生活に慣れた頃。

 明日と樹はベットに座り、2人きりの夜の時間を愉しんでいた。この場所は二人の家のベットだ。

「ねえ、イズ…キスして」

「…うん」

 住んでいる家も同じにして、2人はこれまで離れていた分を取り戻そうとしていた。明日に一緒に住んでほしいと言われたとき大スターの明日と一緒に住むのは不安もあったけれど、それよりもずっと一緒に居る嬉しさのほうが樹には大切だった。ベットに寄りかかり、明日は樹に甘える。この時の明日はとんでもなく色気が凄いのだ。甘い大切な二人のプライベートな時間。

 樹は明日に軽いキスを送る。こんなことが出来るなんて今まで信じられなかった。

「あーちゃん、今度の曲どうするの…?」

「えぇ〜、今、仕事の話?」

「だって、俺…あーちゃんの専属マネージャーになる予定だし」

 照れながら言った樹の言葉に、幸せそうに笑みを浮かべる明日。

「あぁ〜…そっか…」

 明日はクスクスと笑って、じゃあ未来の専属マネージャーさんには特別に教えてあげるねと耳元で甘く囁いた。

 ―――とっても幸せな恋愛ソング。

 明日はそう言って、楽しそうに笑って樹の真っ赤になった耳にキスをした。

 オーストラリアに拠点を移動して一番変わったとこと言えばと聞かれて、まっさきファンはあることを答えるだろう。Re:asu-リアス-が失恋ソングではなく、幸せな恋愛ソングの歌詞が多くなった、と。

 

◇END◇

 

あとがき

ここまで読んでくださりありがとうございました。詳しいあとがきはこちらです。

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