やさしい空と、この場所

第10話

 



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◇◇◇

 

 あれから、あの誕生日パーティーから…もう1週間は経とうとしていた。

「へへ…」

 誠人は弟か友人に見られていたら絶対に突っ込まれる程ニヤついていた。何故ニヤニヤと気持ち悪いぐらい嬉しそうにしているかというと。その手には―――首につけられたネックレスがぶら下がていた。Aをモチーフにしたという金属のネックレス、潤也からもらったものをニヤついて見ていたのだ。

 このネックレスをもらった誠人は、誰もいなくなったとき、部屋に戻ったときなんて時、こんなことをしていた。こんなこととは―――潤也からもらった誕生日プレゼントを何度も何度も見てしまう行為のことだ。

 ベットに寝転がって、上に掲げた貰ったプレゼントを指でつつく。

 だって、嬉しい。

 誠人はプレゼントを見ていると、嫌な事や不安な事、悩みごとでさえもなくなっていく気がした。そんなことないだろ、なんて夏生には言われそうだけど誠人はそう思っている。

 まだもらってから1週間しか経っていないが、このネックレスは誠人の大切なモノになっていた。こんなこと考えたくもないけれど、川に落ちてしまったりしたら飛び込んで探してしまうだろう。

「冬木オーナーも…俺のネクタイのこと大切に思ってくれるかな…」

 あれからバイトには1回行っているがまだ自分が贈ったネイビー色のネクタイが首にしめられている姿を誠人は見たことがない。こっそりといつしてくれるのだろうと考えて、ニヤニヤしている自分が居て少し気持ち悪い。

 だけど、しょうがない。誕生日プレゼントが使われていることを見てみたいと思うのは、贈った人なら考えることだ。プレゼントを贈って、どうせなら使ってほしい。それを見ることが一番うれしい。そう誠人は考えている。

 潤也が誠人のネクタイをしている姿を想像し、また誠人は顔が緩む。

「へへ…」

 ニマニマしていると、頭の中に違う色のネクタイが思い浮かんだ。宝石のルービーみたいに真っ赤で、誠人には手が届かない高級ブランドのロゴ入りネクタイ。買おうとしたけれどあまりに高く、手が出せなかった赤のネクタイのことを思い出す。

 それはトキが贈ったプレゼントだった。

 潤也はどっちも嬉しいし、プレゼントで優劣をつけられないと言ってくれた。だが、つい誠人は考えてしまうのだ。やっぱり値段の高い方が嬉しいのではないか。トキさんから貰ったもののほうが嬉しいのではないか―――…。

 そこまで考えてから、誠人はそんな考えを打ち消すように首を大きく振った。

「冬木オーナーがそう言ったんだから、深く考えちゃダメだよね…」

 ネガティブな想像をしちゃ潤也にも、トキにも失礼だ。そう考えた誠人は無理やりネガティブに考えてしまう自分を押し殺し、誠人は潤也から貰った金色に輝くネックレスを食い入るようにじいっと見つめていた。

 

 

「兄貴、顔、どうしたんだよ」

 休日に珍しくリビングに居た弟の夏生に、誠人はそんな言葉を浴びせられる。朝起きて顔を洗って腹を空かせてリビングに向かって会った夏生は少し不機嫌そうだった。

「何が?」

「ニヤニヤして気持ち悪い」

 ズバッと放たれた言葉のナイフに、誠人は度肝を抜かす。

「えっ?!」

 思わず顔を抑えて、自分の顔が緩んでいることを確認する。だがそんなことをしても、自分の顔がニヤついて気持ち悪いなんて分かるはずはなく。誠人は「ホント?」と、顔が真っ赤になりつつ夏生に問いかけた。夏生が冗談や嘘をあまり言わないタイプなので、本当のことなのだろうがつい聞いてしまっていた。

「ホントだよ。てか最近ニヤついて気持ち悪い」

「え…っ、そ、うなの…?」

 自分では自覚がなかったので、誠人は疑問形になってしまう。椅子に座ってパンをかじっている夏生は、淡々と言った。

「ずっとそのことについて突っ込もうとしたけど、最近ニヤついてばっかりだったし、そういうのいっぱいありすぎてツッコミ入れるのやめてた。…てか、なんかあった?」

 彼女でもできたの?―――続けられた言葉に、誠人は大きく首を振る。そして顔を真っ赤にして、声を荒げ否定した。それは誠人には珍しいことだった。

「ち、ちがっぅ、違うよ…?!」

「…なんかそんなに否定されると怪しいというか、弟として兄貴に彼女がいないのは哀しいつうか、虚しいっていうか…」

「…う、ごめん…」

 いつ彼女できるの―――?

 それはこの前母にも言われた言葉だった。ほっといてほしい、というのが本音だが、今の年まで出来ない自分のほうがおかしいのか。そんなことまで家族に心配されている自分に悲しくなるが、今はバイトと学校で手一杯だ。恋も学業もアルバイトもできる人は本当に凄いと思った。

 もう二十歳を過ぎているのに、勉強も仕事も満足に出来ない自分が恥ずかしくなる。

「てかさ、なんか兄貴がニヤついてるのって、カノンでの誕生日パーティー行ってからだよな」

「えぇっ」

 考え事をしていた誠人は、急にカノンのことを話に出されて驚いた。今日はお母さんもお父さんもいない日だったので、夏生は誠人のバイト先のことを口に出したのだろう。

「ちっ…、やっぱりあのクソ教師の約束ブッチしていけばよかったか…。あの夜めっちゃウキウキだった兄貴可愛かったな…、てか持ってたプレゼントの量半端なかったな…やっぱり兄貴ってゲイにモテるタイプだよな。ああクソ…貞操は守られているだろうけど、やっぱり行っとけばよかった…」

「え?」

 ブツブツと早口で言っている夏生の言葉が分からず、誠人は首をかしげる。弟は誠人の言葉ではっと顔をあげ、とにかく!と鋭い目を光らせた。その顔は兄を心配した表情で、うちの母親より母親らしい顔をしていた。

「変な事はされてねぇだろうな…」

「えっ?! されてないよ…」

「プレゼントたくさん貰ってただろうが」

「―――…それとこれとは関係なくない…?」

「関係あるんだよ。本命とか混じってたらどうすんだ」

 夏生の気迫に押されて、誠人もつい真剣に考えてしまう。―――本命って、好きな人のことだよな。好きな人に、プレゼントを贈る。その好きな人は、今の夏生の話だと俺ということになる。誠人は思わず、頭の中でそのことを反芻し、夏生に問いかけていた。

「…俺に?」

「そうだよ。誕プレっていうのは、下心ありまくるもんなんだ。ネクタイを贈った野郎はいなかったか? ソイツは危険だ」

「……そうなんだ」

 夏生の熱弁に、誠人は神妙な顔で聞いていた。潤也に対しネクタイを贈ったのは自分なので、何が危険なのだろうと、心臓がドキドキと早鐘を打つ。

「ネクタイを贈った奴は、一晩を共にしたいってことだから気をつけろ」

「…えっ」

 贈っちゃたんだけど―――――?!

 思わぬ夏生から知らされた意味に、誠人は顔を真っ赤にした。知らなかったとはいえ、なんというものを潤也に対して自分は贈ってしまったのだろう。誤解されてないよな…―――?なんて考えてから、誠人は思い出した。

 自分以外にも、ネクタイを送っていた人物のことを。真っ赤なネクタイを贈った、潤也の自称セフレ兼友人のトキだ。

 まさかな…――。

「ってか、その反応はネクタイを贈った野郎がいんのかよ。おいっ」

 肩を掴まれ、揺さぶられ、その夏生の真剣で怖い形相に震える。

「え?!いないけど…。…というかむしろ贈っちゃったし…、ネクタイっていうプレゼント被っちゃったし…」

「あ、そうだったな。…オーナーにネクタイ贈った人いるんだな」

「…うん」

 夏生の言葉に、誠人は頷く。

「ふぅん。兄貴の意味は違うけど、その人はオーナーに対してどういう意味でネクタイを贈ったんだろうな」

「……え?」

 まさかな―――…。

 夏生の言葉で少し考えてから、誠人は自分の考えに首を振った。そのあと他には『私を縛って』『貴方に首ったけ』 なんて意味があることを夏生に教えてもらった。それを教えてもらってからも、まさかな…と考えてしまった。

「考えすぎだよな」

 そんなこと考えて何になるのだろう。誠人は自分の浅はかな妄想に、早々に区切りをつけ、首にかけたネックレスを無意識のうちに触っていた。それはいつも通りキラキラと輝いていて、誠人の悩みごとさえ吹き飛ばしてくれた。

 

◇第10話 END◇

第11話へ続く…

 

 


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