どうしてこんなことになっているんだろう―――…。
ゲイバー≪カノン≫のオーナー冬木潤也(ふゆき じゅんや)は、握りしめた大切な長方形の箱を握りしめながら目の前の光景をただ見つめることしかできなかった。こんな状態を見るのは、実は初めてではない。
こんな顔に…美形に生まれたのだから、こんな目に遭うのはずっとしょうがないと思っていた。しょうがない、という気持ちだけで、身の振り方を考えようとせず、欲望に忠実に生きてきた今までの自分が馬鹿だったのだと思う。
そして今まさに目の前の光景を見て自分の≪何もしなかった≫という行動に悔いていた。
どうしてこんなことをずっとしていたのだろうか、と。
だがもうそんな後悔の想いは遅く、ただそのことをした結果が目の前の光景に現れているだけだった。
それは可愛いと思っていた友人と、もっとその友人より可愛いと思っていた子が取っ組み合いの喧嘩をしているという光景が、潤也のしてきたことの報いだとしっかりと教えていた。
こんなことになったのは、アレのせいだよな―――…。
潤也は現実逃避をするため、記憶をゆっくりと巡らせた。
◇◇◇
潤也は綺麗な顔の眉を顰め、ベットの上に置いた二つのネクタイを見つめこれでもかというぐらいに睨みつけていた。正確には睨んでいるというよりか吟味していた、と言った方が正しい。
「うーん…」
潤也が二つの中から一つを選ぶことに悩むのは珍しいことだった。
いつもは即決、となる場面だが、朝からこんなに苦悶な顔をして悩むのはかなりのことだ。
その原因は、決めなければならないのが、≪プレゼントで貰ったネクタイを今日着ていくのはどちらにするか≫ということだったからだ。ネクタイのプレゼントとは、この前にあった潤也聖誕祭に貰った春川誠人(はるかわ あきひと)のネイビーのネクタイ、水岡トキ(みずおか とき)のルビー色のネクタイのことだ。
対極の色がまさにあの二人の性格を物語っているようにも見える。
「今日はコッチにするか」
いつもだったらもう支度が終えている時間になって決めたのは、トキから貰ったネクタイだった。
理由はこちらの方が今日のスーツに合っているとは別に、誠人の貰ったネクタイはもっと大事な時に使おうと思ったからだ。ふとカレンダーを見ると、カノンの開店記念日パーティーの文字が見える。お披露目はソコにしようと思っている時点で、自分が誠人に対して特別な感情が芽生えていることが余計に自覚する。
えこひいきしてしまうのは、もうしょうがないとあきらめた。
誠人から貰ったネクタイを、入っていた長方形の箱の中に綺麗にしまい、埃がつかないようにクローゼットの上の棚の中に入れなおす。
ここまで人生において大切に思うものができるなんて、今まで考えられなかった。
トキのネクタイももちろん大事だけどな…、なんて考えつつ、鏡で自身の姿を確認し、スーツとネクタイの兼ね合いを確認する。潤也の目で、相性抜群ということを確認し、カノンへと向かうため階段を下りた。
掃除の準備をしていると、慎がやってきた。
「こんばんわ〜」
慎がニッコリと笑うと本当に周りが華やぐ。本当に彼はカノンにとっての、清涼剤だ。
「こんばんわ」
元気な挨拶もそこそこに、慎は潤也のことを見た瞬間「あっ」と声を上げた。その声をあげた理由はすぐに分かる。
「それって、プレゼントのネクタイですよね…?!」
「えっ」
キラキラとした瞳で、ネクタイを凝視され、潤也は思わず間抜けな声を上げた。
そう言えばトキにプレゼントを渡されたとき、同じテーブルに慎がいたから見られてたんだっけ――――。
「わぁ、すごく似合ってますね。やっぱり高いネクタイは違うんですねぇ…」
「そ、そうか? ありがとう」
綺麗な顔の慎に褒められると、気恥ずかしさが何倍にもなるのはなんでだろう。潤也は急に締めてあったネクタイが、窮屈に思えて、思わず手がネクタイへ動いていた。ネクタイをもう一度引き締めて、潤也は掃除を再開したが、普段よりあまり身が入らなかった。
やがて今日シフトが入っていた響牙もやってきて、ネクタイについて突っ込まれた。
慎と同様に手放しで褒められて悪い気分ではないが、潤也はそこまで目立つのかコレ…と、考えていた。
そして響牙と同様に今日シフトが入っていた誠人もやってきた。何か言われるのだろうかとドキドキとしていたら、誠人は潤也を見ると普段通りに挨拶をし、ロッカールームへと消えていった。
「スルーですかね?」
「気づいていないのかも。誠人君って抜けてるから」
と、響牙と慎が無反応な誠人に対して好き放題言っている。
たしかに気づかないのかも…―――。
なんて思ったが、だが、と思い返す。誠人はあのネクタイをみて、店を飛び出したぐらいだ。何の感情も持ってないはずはない、とは思うのだが。そこまで考えて、まるで自分が誠人を試すため今日わざわざ着たようだ、と思った。
もちろんそんなことはない。だが、もしかしたら、根底にはそんな考えがあったのかもれない。
「悪い大人だな、俺は…」
誰も気づかないほどの小さな声で吐き出した吐露は、カノンのバーカウンターに消えた。
まあでも、もう気にしてないよな…―――。
あんなにトキのネクタイに対して態度が普通だったのだ。何か反応がないのなら、もう誠人は案外気にしていないのかもしれない。そう心の中で結論づけた潤也は、ミーティングをするため皆を呼び寄せた。
「みんな、ちょっと集まってくれないかな」
そろそろ開店の時間だ。
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