やさしい空と、この場所

第11話

 



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 いつも通りのミーティングを終えた皆は、各々の持ち場に行き作業を始めていた。潤也もオーナーとして皆を引っ張っていかなければいけない。意外とこの開店作業はオーナーである潤也も、カノンの従業員も忙しいのだ。

 そんな忙しい中でもついつい潤也が見てしまうのは、あの誠人の姿だった。スラリとした足で、長身の彼は穏やかな容姿と相まってマイナスイオンのオーラを出している彼にはいつだっていやしてもらっている。

 一生懸命にガラスを布巾で拭いている後ろ姿を見てしまう。特にあの小ぶりな尻はフリフリとまるで散歩中の犬の後ろ姿のように動いているので愛しくて仕方がない。見すぎててもう誠人のあのお尻にはもふもふの尻尾が生えている。

 ―――マズイ、また誠人くんのお尻を観察してしまった。

 最近の日課になりつつあるが、こんな忙しいときでも見てしまうなんて重症すぎるだろー――。

 こんな作業中にじっと見つめていたらただの変態じゃないか。自分をそう戒め、潤也はモップの持ち手を強く握りしめる。

「……気ィ締めていかなきゃな…」

 小さく一人言を呟き、誠人の尻を見るのをやめ、潤也は元の作業に戻っていった。

 

 

 最近、自分の状況は結構ヤバいんじゃないかと思うようになっていた。潤也が自分のことを心配するのも無理はない。

 誠人のことが気になってしょうがないのだ。まあそれは仕方がない。―――彼は魅力的なのだ。

 あの小ぶりなお尻もそうだが、ただ細いわけじゃなく、ちょっとガッシリしている男らしい身体。それだけも、自分の好みにクリーンヒットしているというのに、極めつけはあの笑顔。何より誠人の一緒に居ると穏やかになれる優しい性格。

 言ってしまえば、潤也は誠人にゾッコンだった。

 この気持ちに名前を付けるのにウダウダ迷っていたが、最近やっと折り合いをつけられてきた。

 そうなると、潤也だってただの人間だし、男だから…誠人の関係性を先に進めたいと思ってきている。

 別にこのオーナーと従業員という関係性のままでいいんじゃないかという自分もいる。だが男のあの欲求を抑えられるわけではない。―――誠人が自分のモノになってほしい。誠人と抱き合いたい。

 ―――ずっと一緒に居たい。

 そんな人を愛するものなら考える願望を抑え込みずっと飼い殺す気はなかった。

 潤也にはずっとセフレが居た。最近は誠人に夢中になりすぎて暇がないので、あまり会っていないから、そういった発散が出来ていないのもあるのだろう。誠人くんを抱きたい、そんな欲望が溢れている。

 ―――駄目だ。あの純粋無垢な誠人くんにそんな妄想なんてしちゃいけないのに。

 そうは思っても、そう自分が思うほど、自分のナカにある≪何か≫が燃え滾る。下世話すぎる彼の性生活を想像し、欲望を満たすことで何とか自分を慰めている。

「汚い男でごめんなぁ…」

 ベットの上で吐き出した自分の精を見つめながら、息を吐きだす。素早くティッシュで拭き、ごみ箱に捨てた。

 自慰をした後にくる罪悪感がとてもあるけれど、やめられない。

 いつも紳士な対応をしている自分がこんなやつと知って、誠人に嫌だと否定されたらどうしようか―――…。

 そんなあるかも分からないことで潤也はいつも悩んでいた。

「自分らしくねぇな…」

 前の自分だったら、こんなことに悩んでいなかっただろう。気になる子がいたらすぐに誘ってベットイン。その時の身体の相性でセフレにするかどうか決める。

 そんな絶対に他の人から見たら最低な男が、初めは確かに軽めに誘ったけれどまさかここまで慎重になって彼との関係性を守っていくことになると誰が想像できただろう。潤也にだってまさかこの自分がただ一人の人によってこうなるとは知らなかった。

 つまり今までイイと思っていた子たちは、自分にとってただの性的欲望を刺激しただけで、愛しているわけではなかったのだろう。

 これが―――誠人がもしかしたら潤也にとって初恋、だったのかもしれない。

「はぁ…三十路近いっていうのにこれがハツコイって奴かよ。ウブすぎんだろオイ」

 自分にため息をついた潤也は、そのままベットに寝っ転がった。もう23時過ぎて眠くて仕方がない。潤也は目を閉じ、そしていつの間にか眠りに落ちていた。

 潤也はその日夢を見た。それはとても懐かしい夢だった。そうあれは学生の時だった。

 入学式が終わり教室で先生の話を聞くために、潤也が椅子に座って待っていたときだった。隣に席の子が可愛らしくて綺麗な女の子が隣の席にいたのでラッキーだと思った。潤也が女の子を可愛いと思うのは珍しいことだった。

 だがそこまで考えてふと気づく。

 ―――ここって≪男子校≫だよな、と。

 潤也は思わずその子を二度見する。綺麗な鼻筋に、大きな瞳、頬も艶やかな紅色―――目線を下にずらすと喉仏が見えて潤也は一人で困惑していた。たぶん周りの男たちもビックリしているのだろう。皆チラチラと≪彼≫を見ていた。

 潤也が何度見てもショートカットの女の子しか見えない。喉仏が張った肩がなかったら絶対に女の子だと勘違いしていた。

 まじまじと潤也が見たせいだろう、彼はこちらを向いた。

 うわ、可愛い子だなぁ―――。

 横顔だけでも可愛かったが、正面の破壊力は凄いものだった。その可愛らしい顔立ちは、男には全く見えないものだった。絶対にこのクラスの姫になることは間違いないような容姿で驚く。彼は潤也の顔を見て、恥ずかしそうに顔をそらした。

「―――」

 好みのタイプじゃないのに、ドキンと潤也の胸が高鳴った。ああ、これで大型犬みたいな子だったら最高によかったのになぁ、なんて思ってしまう。そう想っているのは潤也だけなようで、周りの見ていた男子はその日から彼―――トキのことを姫扱いし、ファンクラブまで作って彼を崇めていたのだった。

『よろしくね…』

 可愛らしい声で微笑まれ、その日から潤也とトキの友人になった。

 まさか違う友人(フレンド)になるなんて、あの時は思ってもみなかったけれど―――。

 

 

 


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