目の前の男の蕩けた顔をぼうっと見つめていると突然、頭の中に聞きたくない声が聞こえてくる。
―――――うわー、ホントに飲んだぁ。キッモ
嫌悪感の混じった声が聞こえてきて、義孝は一気に顔が青白くなる。思い出したくもない声が脳内に響き渡りズキンッ、ズキンッと目の前に火花が散った。あの頃はその声が聞こえる度耳を抑えるのを堪えていた。
今も思い出してもあの男の声は悪い予感がする声だな、と思う。これほど聞いていて不安になる声はないだろう。
なんで今、アイツのこと――――。
突如聞こえてきたのはもう二度と会わないであろう相手の自分を蔑む声だ。義孝はどうしてこんなときに思い出すのだろうと、不安になった。もうアイツとは、過去とは決別したじゃないか――。
義孝の精を舐めとる透と、あの男が自分の精を飲むように指示した光景が何故かダブって見えた。
義孝は心底恐くなって思わずぎゅっと目を瞑る。まるで呪いのようだ。自分ではない誰かがあの人たちを忘れさせないように、義孝の心の奥深くまで毒のようにすりこませているみたいで嫌だった。
「…義孝さん…」
今にも恐怖で倒れそうになっている義孝の耳に、興奮した男の声が聞こえて我に返る。
あ、そうだ、俺―――…。
「ダメですよ」
「うッ」
まるで義孝を窘(たしな)めるかのように、性器に触れられる。義孝は思わぬ刺激に呻き声と共に腰を揺らす。先程の熱っぽい目のまま、その瞳の奥には嫉妬の炎が宿っていた。その眼差しにドキッとしてしまう。
まるで赤ん坊のように抵抗のすべも分からぬまま脱がされるようだ。どうして彼が怒っているのか義孝は分からなかった。
「―――他のこと考えてちゃいけませんよ」
僕のこと知りたいって言っていたじゃないですか…―――。
透はそう言って言葉を続けた。義孝はハッとする。
「…、わ、わるい…」
義孝は目を伏せて小さく謝罪をした。自分でもどうして謝っているのか分からなかった。だが謝ってしまった。
透は握っていた性器を緩める。ほっと息を吐いていると、それが違う行為に変わってしまった。義孝は思わず「うぁっ」と嬌声にも似た悲鳴を上げる。
「や、やめろッ」
ベットが軋む音が白い部屋に響き渡る。それは義孝の抵抗によるものだった。透の綺麗な顔が自分の性器に近づいたと思ったらそのままあろうことか口に含んだのだ。瞬間、口腔の熱さと粘液に包まれる気持ちよさに腰が浮く。
吸い付きに義孝は大きく悲鳴を上げる。快楽の脳への打ちつけは、義孝にとって耐えられるものではなかった。
「ンぅ…、すっごく、ふるえて…」
もごもごと吸いながら、喋られるともう堪らない。義孝は身体を大きく揺らして大きすぎる快感に身を悶えさせる。義孝の性器は一般的なソレより大きい部類に入る。だが、透は苦しいはずなのに喉奥まで突っこみ、嬉々として奉仕をし続ける。
咽喉への奉仕も、口による奉仕も義孝は体験したことがなかった。―――したことはあったが、されたことはなかったのだ。
喉奥の熱さ、締め付け、ぬめりとした感覚――――義孝はまるで自分が透を犯している気分になっていた。
あの人たちが、義孝に喉奥を抉るようにぶつけていた訳が分かる。人の口の奥がこんなに気持ちいいなんて知らなかった。もしも義孝も快楽に耐性があったら、透の頭を固定して欲望のまま腰を動かしていたかもしれない。そんな非道的行為もこの人だったら許してくれそうだ。
だが義孝にはそんなこと出来るほど余裕も暇もない。ただただ翻弄されるだけだ。熱くなる体温、噴き出る汗、グズグズに蕩けそうな腰――それらを全部耐えるため義孝は必死に唇を噛み、白いシーツにしがみ付く。
「は、はなせ…ッ!」
早く離してくれないと、もうどうなってしまうのか分からない。このままずっとして欲しいという欲望も確かにあったが、義孝にとっては恐怖の感情のほうが勝った。義孝はしがみ付いたシーツを離し弱弱しく透の頭に触れ引きはがそうとする。
サラサラの透の金髪の髪は義孝の手には絡んでくれない。
「そんんぁこといっふぇもうでそぉうでしゅぉふぉ」
「アッ、ば、馬鹿ッ!」
口に含まれたままの難解な言葉だったが言っていることは分かる。今にもイきそうな蕩けそうな顔で義孝の射精を透は促していた。喋るとまたそれが刺激になって義孝は腰をガクガクと震わせた。
―――もう、駄目だ…ッ!
「ウ! グゥ! ―――で、でるっ、うぐぁああっ」
まるで獣の叫びだった。こんな自分が欲望丸出しで雄々しく達するなんて知らなかった。あまりの快楽で頭が真っ白になって、身体が魚のように大きく撥ねる。背中を反らし、そのまま大量の精液を透の口の中に吐き出した。
自分の精が出てしまったのではないかというほど大量に。それをさらに吸い出そうと透は吸引を強くした。義孝は連続的に与えられる快楽に身体をよじらせ雄叫びを上げる。
「う、うがあああっ、ヒッ、ヒィッ」
獣の声が部屋に響き渡る。化け物じみた透の口使いに義孝は、達しているのにまた達していた。義孝は白目を剥いて、今まで知らなかった享楽を味わっていた。それは天国のような快楽であった。だが強すぎる快楽は、義孝にとっては地獄のようなものだった。気持ちよすぎて頭がおかしくなりそうだった。
喉奥に押し付けたまま射精をしているのに関わらず、透は一切口を離さない。顔は普通だったら喉に入れられた痛みで辛いものになるはずなのに、顔は蕩け切ったままだ。
「ふぅ、ふぅ…ッ」
義孝は肩で息をして、今も続く快楽を押し殺そうとする。だが、まだ透の舌の愛撫は義孝がイき終わった後も続く。ようやく口が離れたのはそれから5分は経った時だった。
「…あんな風に喘ぐ義孝さん、可愛かったです」
「………」
―――あんな正気を忘れた声が可愛いと言っちゃうアンタが怖いよ。
義孝はあんなに辛い奉仕をした透がまだまだ元気なのが、不思議でしょうがなかった。本当に化けモノなんじゃないかと思ってしまう。義孝は全部の精を吸われてもう身体も心もぐったりしているのにだ。
義孝はもう透に抵抗する気も、反論する気も起きなかった。
身体が疲労でもう動かないし、頭も働かない。ぼうっと脳が翳っている。ベットに身体を投げ出し弛緩する義孝に透はクスクスと愉しそうに笑った。
「顔、トロンとしてて…無防備すぎです」
眼鏡越しに見える彼の表情は自分とは違う明るいもので、義孝はそんな透を無言で見つめる。
「…」
義孝の表情は、自分では分からないが透の眼には、いや客観的に見ても普段の義孝ではありえないものだった。髪はびっしょりと汗で濡れ肌に張り付いている姿は扇情的で、目は虚ろでありいつもの睨んでいる姿では想像できないものだった。頬は赤く、口は半開きだ。まさに快楽の抜け殻だ。
「キス…しても大丈夫ですか?」
透がそんな義孝に問う。彼の珍しく慎重な問いに義孝は頷いた。
「…ん」
―――キスぐらいだったら…。
義孝はぼんやりとした思考のまま深く考えずにそう返事をする。その瞬間、さらに透が嬉しそうに幸せそうに微笑んだのを義孝は知らない。
「義孝さん…ッ」
透が切羽詰まった声音で小さく叫んだ刹那、彼の唇が義孝のカサついた唇に触れあった。
「…っ」
性急なキスだった。ただの唇の触れ合いのはずなのに、身体が熱くなる。
ああこれが……―――。
初めてじゃなかったのに、心からどんどんと温かいもので満たされていく。知らなかった。こんなにキスという行為が温かいものだなんて。まるで今までの不安が全て溶かされていくようだ。ピリッとした甘い電撃が心地よく身体に与えられた。
「…だいじょうぶか」
唇が離れた際に、透に問いかけた。今にも触れてしまいそうな距離で透は止まった。間近で見ても彼は綺麗な顔をしているな、と思った。
「…どうしたんです?」
瞬きを繰り返す彼がとても幼く見えた。この表情では先程自分を翻弄している彼には見えなかった。
「喉とか…いたくないか…? あんたまだ、出してないし……辛くないか…?」
「…大丈夫です。心配してくれるんですね」
「だって…俺ばっかり…」
義孝がふいにでた言葉に透は面を食らったようだった。だがそれは一瞬で、彼の切れ長の眼は細められる。
「じゃあ、見てみます? 僕の…」
熱に浮かされた声で透は自身のズボンを下着ごとずり下した。試すような言葉と共に現れたものに義孝は声を上げる。
「あ…」
「ほら、もう…」
義孝も熱に浮かされているようで、まじまじと見てしまう。透のソコはやはり自分のより大きく、勃起しており、先走りの液で濡れていた。綺麗で紳士な―――(中身は置いておいて) 彼が、こんなになっていると思うとなんだか不思議と興奮する。
「伊勢さんも…ビショビショじゃんか」
ビクビクと震えている性器を見て、つい言ってしまっていた。それは素直な感想だった。嫌悪感はなく、素直に義孝は男の象徴を見れていた。
「貴方を見ていてこうなってしまったんです」
触ってくれませんか?――彼の言葉に義孝は自然と頷いていた。