RIP IT UP

第8話

70

 

「義孝さんっ」

「鈴岡っ」

 同じ方向から義孝を呼ぶ男の声が聞こえ、はじかれるように顔を上げる。

「?!」

 二人の前に現れたのは、義孝の待ち望んだ人だった。今日義孝の夕飯を食べに来た透が息を切らし、部屋のドアの前で馬乗りになった月村と押し倒される義孝を驚いた表情で見つめている。そしてその人の隣には、何故かこの間再会した中学時代からの親友である佐藤が居た。

 義孝と月村は突然の来訪者に驚き、瞠目させる。

「…月村ァ、てめえっ……なんでココにいるんだよっ」

 佐藤は月村に10年以上会っていないが、直ぐに彼だと分かったのだろう。

 久しぶりに会う同級生に、彼は敵意を剥き出しにして吠える。義孝が馬乗りにされていることで、今の状況が緊迫し、義孝の状況が悪いということが2人には十分伝わったのだ。義孝が月村に何をされたのか分かっているからこその反応だった。

「そりゃぁ……、なぁ?」

 怒気を強くし、怒りの表情をしている佐藤に月村はニヤリと笑った。

 振り向いている月村の手元にある光るモノが義孝の首元に触れている事に二人は気がつく。

「…っ」

「義孝さん……」

 瞬間、佐藤と透に緊張が走る。透は表情を硬くし、義孝を心配している。義孝は震える身体を抑え、3人の会話を見守っていた。

「ハハッ、その顔…懐かしいなぁ……佐藤かァ〜……ここまで来るとか…ホントに仲いいなぁ〜…」

 目を細める月村は、刃を義孝に突き立てた。冷たさに義孝は目を瞑る。

 男の言葉には昔を懐かしむ色と毒が含まれている。それは異様な雰囲気が流れているこの場には不釣り合いなものだった。そんな月村に、佐藤は窘めるように話しかける。

「月村…、手に持ってるの何だよ…アブねぇだろ…?…ズボンも上げてさ…鈴岡からも離れろ……な?」

 佐藤は軽く言って見せたが、動揺を隠しきれていない。声は震え、友人が今まさに命と貞操を狙われている事に恐怖と冗談であって欲しい――…そんな彼の気持ちが透けて見えている。今なら、まだ間に合う…。目が、声が、カッターナイフを自分の友人の首に触れさす月村に語りかけている。

「そりゃあ見れば分かるだろぉ。ただのカッターだよ、カッター。会社から持ってきたんだよなぁ、コレ。結構切れんだぜ…」

 こんな風になぁ…と、月村は無遠慮に義孝のシャツのボタンを切った。

 ボタンが取れ、はらり…と義孝の前が露わになる。綺麗で男らしい鎖骨が見え、月村は無意識に唾を飲みこむ。義孝は取れたボタンを呆然と見つめる。

「鈴岡ァ…いい身体してんなぁ…まだ柔道なんてやってんの?」

「ッ」

 胸を触れながら言われ、義孝はビクつく。柔道なんてやってんの―――。競技を軽く言う言葉に眉を顰める。

「ビクビク反応しちゃってさぁ…この身体使って伊勢さん喜ばせたんだろ?」

 耳元で囁かれた嘲りの言葉にゾッとした。冷たい声音の目を細め言われた言葉は、コンクリートの床に溶けて消えていく。この間の透との行為が脳内に浮かぶ。嫌だ…と思った。月村に透の事まで言われたくない。

 そう思った瞬間、佐藤がじりっ…と、前に足が動く気配を感じた。

「…佐藤、来るな………俺は、大丈夫だ」

「っ」

 義孝は直ぐに待ったの声を上げる。自分でも今にも死にそうな弱弱しい声だと思った。佐藤は義孝の強い目線に、身体を固まらせる。

 もし、佐藤が襲われでもしたら―――そう思うと、生きた心地がしない。

 制止をかけた義孝に月村が同調した。

「そうだよぉ、邪魔するなって。今からコイツで首を掻っ切ってやる所だからさぁ…――、ちゃぁんと見てろよォ…」

「―――ッ」

 クスクスと笑う悪魔がそこに居た。佐藤が息を呑む。―――男の手が少しでも動いたら、義孝の首が鮮血に染まる。そんな最悪の場景が二人の脳内に流れる。家族団欒の時間、閑静な住宅地の一角で緊迫した空気が流れていた。義孝の周りに住んでいる住民は帰りが遅い。こんな騒ぎになっている事を知らせる手段が、押さえつけている義孝にはない。

 今の状況では人質を捕られている月村の方が、優位な立場である事は明らかであった。

「…そんな事させません」

 だがそんな不利な状況でもあるのに、透はハッキリとした口調で言い放つ。

 その声には、『助ける』―――そんな意思が義孝にも伝わってきた。

「動くんじゃねぇッ」

 透が少し動く仕草をした瞬間、月村が吠えた。透は中途半端な体勢のまま固まっていた。それは佐藤も同様だ。義孝はその月村の叫びに、恐ろしくなり思わず叫んでいた。

「佐藤、伊勢さんっ、やめろ…こっちに来るなっ……もう俺の事はほっといていいから…」

 喋るたびに、カッターナイフの刃がめり込んでいく気がした。体重をかけてくる腹、冷たいコンクリートの床―――――…全部が遠くの出来事の様な気がした。

 ―――月村の動き一つで自分は死ぬ。

 月村は本気だと言うことを義孝は分かっていた。月村は言った事を必ずやる男だったから。―――自分が死ぬ、という本能的な恐怖よりも、大切な存在である二人が傷つく事に義孝は恐怖を感じていた。

「―――嫌です。絶対に貴方を傷つけさせたりしません」

 透は真剣な眼差しで言い切る。それは、義孝に対する愛情に溢れたもので。

「なんで……、どうしてそんな俺の事…」

 いつの間にか義孝は一筋の涙を流していた。

 義孝は自分が恐怖で頬を濡らしているわけではなかった。

 もしかしたら今直ぐに自分は死んでしまうのかもしれない。だけれどこんな状況で不謹慎かもしれないが嬉しいと思ってしまった。不安でいっぱいだった義孝に希望の光が見えた気がした。生きていてよかった―――そう思った。

「ははっ、カッコいいなぁ…さすが伊勢さん…」

 月村は笑いながら、刃を首に当てる。そんな狂った男に、冷水を浴びせたのは佐藤の言葉だった。

「月村……なぁ、やめろよ…お前…ホントは鈴岡の事好きなんだろ? そんな事したら鈴岡がいなくなっちゃうって自分でも分かるだろ…?」

 佐藤の言葉で時が止まった。パキン、とどこかで音が聞こえた。

「………はあ?」

 ゆっくりと佐藤の方へ振り返った月村はしばらくしてから不思議そうな顔をした。それは幼い子供のように、無防備なモノだった。理解出来ない、そんな表情を見せた月村は動きを制止させる。

「月村、今なら引き返せる。…そのカッターをこっちによこせ」

 語りかける男の目線は月村の手元だった。ふるふると震えた月村は大きく吠える。

「ゴチャゴチャゴチャゴチャうぜえんだよ! コイツがどうなってもいいのかっ」

 まるで身体が電撃を食らったようにビリビリと義孝の身体に衝撃が走る。月村の咆哮に2人は動けなくなる。辺りが一気にシン…と静まり返った。

「は…ハハッ……やっとおめぇをヤれるな……」

 月村が楽しそうに笑う。息がかかりそうな距離の目の前にいる男は本当に楽しそうだった。刃は鋭く、月村が軽く手を引けば傷が出来、血が溢れた。チリッとした痛みが義孝に、これが現実であることを知らせる。

「月村……ッ、やめろぉおおッ」

 佐藤が叫ぶ。やめてくれと、もう見ていられないと。

「義孝さんッ」

 透が叫ぶ。今すぐに助けたいのに、助けられない歯がゆさが表情と声によって現れていた。

 ―――皆、俺を心配してくれている。それが分かる。だから、もういい。

 もう俺は、言いたいことを言ってしまおう。それで死んでしまっても、悔いはない。

 もうこんなに、幸せなのだから。

「俺の首を切ってお前はそれだけで満足か」

 

 

 

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