「へぇー、言ってくれんじゃん」
告白されたのかと思った、と先輩に言われて俺は顔が熱くなる。ゆでだこのようになっただろう自分の顔を見られたくなくて、俺は慌てて下を向いた。告白なんて、そんなつもりはなかった。俺はただ先輩の事を尊敬しているだけなのに。
「そ、そんなつもりで言ったんじゃないですっ」
俺が叫ぶと先輩は飄々と笑った。
「そうか? じゃあ≪そういうこと≫にしとくよ」
軽く笑いながら言われたが、含みのある言い方で俺でも絶対にそう思われていないという事が分かる。俺は言い訳の言葉を口をもごもごとさせながら作る。
「まじまじと見られてたら誰に見られたって恥ずかしいですよ…」
「じゃあ、陽人くんにも?」
「へ?」
どうしてヨウの事を聞くんだ? そう思ってから、俺はあの時の事を思い出した。
―――へー。結構デカいな。
海パンをめくりあげ、ニヤついた鼻息の荒い見たこともない陽人の綺麗な顔が脳内に広がった。
「〜〜〜〜〜〜ッ」
カーッと、顔が赤くなるのが分かる。思い出してしまった。陽人に、俺の息子を見られて…それに触れられたことを。友人が少ないから、もしかしたら、ああいうことは普通なのかもしれない。俺の常識ではありえないことだが、もしかしたら先輩にとっては普通の事なのかもしれない。
俺はそう思ったら気になってしまい、思わず聞いてしまっていた。
「せ、先輩って友達のあれって見たことありますかっ」
「あれ?」
ショウゴ先輩が首を傾げたのを見て、早まったな、とすぐに思う。
俺は「どうにでもなれ!」という気持ちで、自分の股間を指さした。先輩は目を丸くして「え、ちんこ?」と呟く。俺は顔を真っ赤にしながら何度も頷くことしか出来ない。
―――あーーー!俺、なんでこんなこと先輩に聞いてんだろ!
しかも聞いたタイミングがおかしい。絶対に変な奴だと思われてしまった。俺は頭を抱えたくなった。―――これも全部陽人のせいだ。陽人を恨む気持ちが倍増したころ、先輩があっけからんと言い切った。
「そりゃ、あるよ」
「…その…み、みせあいっことかしますか?」
「どうなんだろうな? 俺はしなかったけどしてる奴もいるんじゃないか」
「……そうなんですね」
その言葉に、俺はほっと息を吐く。―――している人もいるんだ。じゃあ、陽人の行動は友達として…幼馴染としてあまりおかしくなかったという事か。そう思ったら落ち着いてきた。そんな様子の俺に、先輩は目を細めた。そしてゆっくりと口を開く。
「その反応…。もしかして、陽人くんとみせあいっこでもした?」
「ッ」
思わず身体が固まった。先輩がそんな俺を見て楽しそうに指を刺す。まるでパズルゲームを1発で解いた子供のような表情をしていた。
「お〜、その反応はビンゴだ。ホント有人って嘘つけないよな〜」
「ち、ちがいますっ!」
この部屋の暑さだけのせいじゃない汗がじっとりと溢れた。慌てて首を振ると余計に嘘っぽいとは思いつつもやらずにはいられなかった。人というのは、無駄だと思っていたとしてもほんの少しのプライドがあると否定をしてしまうものらしい。
「違くはないだろ〜。初心な有人がわざわざ聞いてくるってことは、相当の事があったってことだろ? やるなあ、陽人くんも」
ヒュウッと軽快に口笛を吹く先輩に、俺は絶句する。
「―――」
先輩が確信を持って言っていることに驚いた。先輩は本当に探偵なんじゃないだろうか? ショウゴ先輩は真っ赤な髪をかき上げて、口を開く。
「ほら…俺、お前の先輩なんだし何だって相談してもいいからな」
真剣な顔で言われてあまりの眩しさに目を細める。
―――かっこいい…。
俺は唾を飲み込み、その言葉に甘えることにした。
「あの……最近ヨウがおかしいんです。その…そういうことしてきたりとか…、なんだか俺に色々やってきて…。俺分かんないです、あいつの事…。ずっと一緒にいたはずなのに…。あいつしか最近まで友達なんていなかったし…これが普通なのかも、よくわからなくて」
話しながらなんて抽象的な相談なのだろうと思った。だけれど、今の俺にはそれしか分からない。このもやもやとした悩みは、声に出すともっと靄(もや)がかっていた。自分が何に戸惑っているのかそれすらも曖昧だ。
「へえ。陽人くんもやるねえ、もう限界なのかもね」
「限界…?」
分からずに反芻する。そんな俺に先輩は苦笑いを浮かべた。
「ああ、≪そういうところ≫が限界なんだろうよ。ホントにこりゃ前途多難だな〜」
≪そういうところ≫が限界。―――前途多難。
そういえば、陽人も言っていた。前途多難だって。何が前途多難なのか俺には分からないけれど。曖昧な回答に俺は口を開けた。
「それってどういうことですか?」
俺の言葉に先輩は一瞬目を丸くしてから、
「それは……俺からは言えないなぁ。陽人くんに直接聞いてみるのが一番だと思うよ。それで解決できるか分からないけど…。…あんまりアドバイス出来なかったな。ごめんな。…あ、その時に俺の名前は出さないでね。火に油を注ぐようなものだし」
と、曖昧に言った。
「相談の回答としてはここまでが限界かな」
あんまり力になれなくてごめんな、と先輩は申し訳なさそうに謝る。本人に聞けば一番だと話す先輩に、それが出来たら苦労しないと言えるわけがないので俺は口を閉じる。だが結局それが一番なのだろう。
「…ショウゴ先輩ってなんでも知ってそうですよね」
俺が言うと、ショウゴ先輩は一瞬かたまったがその後に爆笑した。
「そうでもないからな。俺を信用しすぎるなよ?」
頭をくしゃくしゃとかき回され、俺はされるがままになる。
「…わっ、でも、先輩は嘘吐かない人ですから」
「―――本当にお前は可愛い後輩だなぁ」
先輩はそう幸せそうに言うと、くしゃっと笑った。俺も楽しくなって笑った。
「…なあ、今日さ、夜外に抜けて手合わせしねえか? 喧嘩してないから、体がなまっちまってしゃあないんだ」
先輩がふいにそう言った。先輩と手合わせ。それは願ってもない誘いで俺はまるで犬のように何度も頷く。
「や、やりますっ」
「じゃあ、頼むわ。22時に玄関で待ち合わせな」
「はいっ」
大声で肯定すると先輩はニカッと笑ってから立ち上がり、台所へ向かっていく。俺はその広い背中を見ながら、何度も≪22時に玄関の前で待ち合わせ≫と頭の中で忘れないように唱えたのだった。