最近俺の幼馴染と先輩の様子がおかしいのだが

 


...15

 

「よし、有人かかってこい…」

 先輩が戦意満々の顔で俺の事を見つめてきて、ドキッとした。それは体の奥から何かが震えあがる感覚だった。 頭の中で、先輩との「手合わせ」の光景が再生された。あの時よりも…それ以上の戦意が先輩の身体からみなぎっている。

「殺意満々ですね、先輩。カッコいい顔が台無しだ」

「おめえはいつも一言多いんだよッ、黙ってろッ」

 陽人が隣で拳を作る。挑発的で 礼儀がなっていない幼馴染の男に俺は手を上げる。ボコッと音が鳴る程頭を強く叩いたので、ヤツの綺麗で男前の顔が歪んだ。

「いってえなぁ…! てめえこそ手が出るのが早いんだよ」

「うっせえなぁ! カッコいい先輩の拳ちゃんと見とけよ」

「チッ」 

 陽人は俺の言葉で舌打ちをし、陽人は顔を上げ、先輩と相対した。土手に、ピリッとした緊迫した空気が流れる。それを破ったのはシゲ先輩の声だった。

「これより、ショウゴ…篭山ショウゴとアリリン…じゃなかった、国崎有人、えーと…桐嶋陽人のタイマン…?を始めるよ〜」

 陽気で間の抜けた声に、俺はずっこけそうになる。アリリンなんてめっちゃ恥ずかしいあだ名でみんなの前で言われてしまったし…。まるで教育番組のお兄さんみたいな優しい声だった。ここにはあっていない声は今の状況が非日常であることの証明だった。

 シゲ先輩はこのために呼ばれたかな…、そんなどうでもいい事を考えていたら。

「じゃあ、3人のタイマンはじめ!」

 シゲ先輩によりツッコミどころ満載の号令と共に、一人対二人の『タイマン』が始まってしまった。

 俺は【それ】に気を取られすぎてしまっていた。ドッ…とした音と衝撃で、ショウゴ先輩が動いていたことを知る。

「うわッ」

 目の前には先輩の長い足があり、蹴られたのだとやっと理解した。俺の悲鳴は、蹴りが入った瞬間、周りが沸き立ち消え去った。俺たちの3人を囲ったリリッシュのメンバーの歓声だった。衆人環視の中、まるで自分がボクサーになったようだった。

 身体に伝わる痛みがビリビリと全身を伝う。なんて力強い蹴りなんだろう。動きが速すぎて…声に気にとられすぎてて…俺は全く反応が出来なかった。そんな俺に罵声が飛ぶ。

「ぼーとしてんじゃねえよ、ノロマ!」

「―――ッ」

 俺を大きな声で叱責する陽人の声は正論だった。こんな戦いの中、ぼんやりしているなんてどうかしていた。

 俺は拳を作り直し、先輩のさらに追撃しようとする足を何とかよける。間一髪だった。先程受けた攻撃で身体を動かそうとすると痛いと悲鳴を上げていた。未だに痛みが続く中、俺は先輩の隙を探していた。俺がそれを見つける前に、陽人の拳が飛んだ。

「ハアッ!」

 キレのある、早いパンチだったが、軽くショウゴ先輩は避けてしまう。

 ああ、惜しい…っ!

 つい見てしまうが、こういう時、俺も攻撃をしなくてはいけない。ぼんやりしている暇なんてない。俺は2対1というハンデを生かし、陽人の連続パンチから死角を狙って先輩に足を蹴り上げた。だが―――。

「ふ…ッ」

「おわっ」

 先輩に蹴り上げた足を掴まれてしまった。もがくが離れない。その瞬間、陽人からの右ストレートが繰り出される。だが、それも一瞬遅かった。

「―――ッくぅぅ」

 パシッと綺麗な音がして、先輩が陽人の右手を掴む。「おおっ、すげえ!」「ぱねえ!」と歓声が上がった。

 ―――なんという瞬発力。なんという反射神経。俺は呻き、足をもがきながら、先輩の圧倒的な力に敬服していた。音がしそうな程強く握られている陽人は涼しい顔をしているが、その額には汗を流している。

「「〜〜〜〜っ」」

 そして逃げれなかった二人は同時に手を離された。ドサッと俺たちは草むらの中に放り投げられた。地面に落ちたことで、身体に伝わる衝撃に目を瞑る。体中が痛みを上げている。俺たちはまだ先輩に傷一つ付けられていないのに、先輩は無傷だ。

「どうした?  まだまだやれんだろ?」

 ショウゴ先輩の息の荒い興奮した声が耳朶に響く。ゾクゾクと身体が震えた。いつもは優しい先輩だが、やはり戦闘になるとガラリと雰囲気が変わる。リリッシュのリーダー『篭山ショウゴ』だということを思い知る。

 ―――強い。強すぎる。

 俺は先輩に…男として…人間として本能的な恐怖を感じていた。あの時蹴りが入ったことが奇跡みたいなものだった。

「ええ、やれますよ………」

 はぁ…はぁ…。息を荒くし、服が泥だらけになった陽人はゆっくり立ち上がりそう宣言した。その眼にはまだ戦意を失っていない…『勝てる』という自信を宿していた。俺はその様子を瞬きして見つめていた。周りの男たちが「いいぞー!」「もっとやれー!」と3人をはやし立てる。

 俺たちの騒ぎをどこからか聞きつけたのだろう。初めより多くの男たちが3人の様子を観戦していた。

 ショウゴ先輩の赤い髪がキラキラと光り、不敵な笑みで陽人と睨みあっている。ドクドクと心臓が早まる。

「…だよな、有人?」

 そう言って俺を見つめる信頼した幼馴染の強いまなざしに迷っている自分がカッコ悪いと思った。

 ここで逃げたら男が廃る…!

 俺も口角を上げ、節々に痛みが走る身体を起き上がらせた。先輩とお揃いの髪型をかき上げながらゆっくりと立ち上がると何でも出来る気がした。背中に陽人の熱を感じる。背中合わせになった俺たちはどうしてか無敵になったような気がした。

 俺たちは全然違う人間だ。だからこそ、出来ることもあるはずだ。そう思えるぐらいには、陽人の事を俺は信頼している。

「ああ…、ショウゴ先輩を…ぶっ飛ばすしかねえ…」

 そう俺が言うと、先輩も後ろの男も愉し気に笑った。

「いうねえ…いいじゃん、有人に倒されるのが楽しみだなぁ…」

 クスクスと笑う先輩にゾクゾクとする。何だろう、先輩のそんな顔を見ていると…ドキドキしてしまう。

「ははっ、俺とおんなじこと言ってる…お前の方が傷だらけなのに…くくっ」

「だからお前は一言多いんだっつうの! てか、作戦は?どうすんの?」

 俺の様子をからかって陽人は意地悪く笑った。こんな時でも意地悪な奴だ。

 見ている限り、先輩はまだ行動を起こさない。俺たちの行動を待っているように構えている。それならば…と、俺は小さい声で、陽人に問う。陽人は、少し考えてから言った。それは頼りになる幼馴染の声だった。

 俺は陽人の冷静な言葉に頷く。そして、俺たちは陽人の合図で行動に移した。

 先輩はふいに動いた俺たちの行動に驚いたのか、一瞬怯んだ。その瞬間俺は先輩に向かって拳を振り上げる。それを先輩は身体を逸らし、軽く避けた。瞬間、陽人が背中に向かって足を大きく蹴り上げる。先程と似た攻防だったが、違うところがあった。

 俺が避けられた右拳でさらに先輩の顔に向かって殴り掛かったのだ。先輩はその行動に反応出来なかった。

「―――ッうっ」

 俺の右拳は避けたが、それを避けたのが原因で陽人の蹴りが腰にヒットする。ミシッと肉を抉る音が聞こえた。陽人の蹴りは重い。それを感じさせる一発だった。すかさず俺も蹴りを入れる。先輩はギリギリのところで避けたが、掠れたらしい。

「くっ」

 痛みを上げ、先輩は呻いた。よろけた先輩は俺たちを嬉しそうに見ていた。思っていたのとは違う表情で俺は一瞬怯んだ。

「有人ッ」

 それがいけなかった。一瞬の隙を突かれ、腹に先輩の重いパンチが入る。ミシミシッ、と先輩の拳が俺の腹に埋まっていく感覚がした。く、苦しい…ッ!

「おえっ」

 胃酸がせりあがり、俺は思わず口を覆った。俺を呼ぶ陽人の声が耳朶をつんざく。痛みの衝撃で何をされたのか分からない。先輩は俺の腹に何度もパンチを入れていく。一発が重い。痛い。その痛みが消えたのは陽人の声が聞こえてからだった。

「この野郎っ、有人から離れろっ」

「うおっと、」

 陽人の右ストレートを軽々しく避けた先輩は、やっと俺から離れた。一気に息がしやすくなり、その反動で咳を繰り返し、俺はその場に蹲った。―――死ぬかと思った。それぐらいの強い拳だった。陽人が助けてくれなければ死んでいたかもしれない。

 陽人は俺を守るように先輩に立ちふさがった。まるで子供を守るヒーローのように。

 あれ、なんかこんな光景みたことがあるな―――。

 そう考えた瞬間、陽人が宙へ舞った。

 

 

 

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