◇◇◇◆◆◆
『よっ! 元気かー?! 久しぶりに会いたいし、鍋パでもしない? 月村もいるけどいいか?!』
「正気か…?」
義孝はメッセージを見てため息をつく。差出人は佐藤だった。佐藤らしい元気いっぱいのメッセージで自然と笑みがこぼれる。だが、最後の一文で身体が固まる。
―――なんで月村も…?
と、率直に思う。だが、ここで断わったら佐藤に悪い気もする。月村はカッターナイフを突き立てられたあの日から会っていない。あんなことがあってどんな顔で会えばいいのだろう。佐藤の事だ。仲直りして欲しい、ということなのかもしれない。
「まぁ、いいか…」
少し考えて義孝はOKの返事を出す。佐藤もいるし変な事にはならないだろう。何より友達の誘いを断わりたくなかった。
『いいよ。いつにする?』
『ヨッシャ! 今度の金曜日の夜とかどう? 俺のマンションでどーよ。早く会いたいなぁ〜』
「…彼女かよ」
文面から伝わってくるウキウキとした様子にクスッと笑う。帰りの電車に乗っていたので慌てて咳き込んだ。
『了解。俺も楽しみにしてる』
『嬉し〜。また連絡する! よろぴく!』
―――よろぴくって、古いっていうかチャラいなぁ…。
そう思いつつ、口角は知らず知らずのうちに上がっていた―――。
約束の日。義孝は鍋の材料を持って教えて貰った佐藤のマンションの部屋のインターフォンを鳴らす。佐藤のマンションは義孝の住んでいる高層マンションからだいたい電車で乗り継いで30分程のところにある。意外と近いもんだな、と思った。
「よォ、久しぶりぃ〜」
「―――ッ、つ、月村」
玄関から出て来たのは月村だった。茶髪をオシャレに整えた髪型に、切れ長の目、高い鼻筋、薄い唇―――。コイツもイケメンだよなぁ――、と素直に思った。前に会った時より随分と顔色がいい。それに何故かほっとする。
「佐藤も待ってたよ〜。まぁ、入んなよ」
「あ、あぁ。お邪魔します」
「あ、それ重いだろ? 俺、持つよォ」
「え? あ、ありがとう…」
「どういたしましてぇ」
月村はそうするのが自然なように、義孝の持っていた鍋の材料を持ってくれた。それに驚きつつ、義孝は玄関をくぐる。月村の顔はどこか晴れやかで、この間殺されかけたことなんてなかったように笑っている。いつも通りの独特の話し方で、妙に緊張していた。
リビングに入ると色とりどりの家具に囲まれたカラフルな部屋が広がっている。
佐藤がテーブルの上あるコンロを操作していた。
「あ。いらっしゃい〜。適当に座ってよ」
「う、うん。なんつーか、男らしくないカラフルな部屋だな」
「それ思ったァ〜。なんつーか、ガキっぽいよなァ〜」
「は?! どこがガキだよ! いいじゃん、俺の趣味に口に出すな!」
義孝の言葉に同調する月村。プンプンと怒っている佐藤。
こうしていると、まるで昔から仲が良かったように思える。むしろ昔は犬猿の仲、だったのにな―――。
「ごめんってぇ。あ、これ鈴岡が持ってきてくれた材料。入れてもいい?」
「あ、マジ? ありがとうな、鈴岡。入れて入れて」
「ほーい」
月村がぼちゃぼちゃと肉やら餅巾着やらを入れていく。
「豪快だな」
「まー、男飯ってそういうもんじゃん?」
「…そうだな」
月村の言葉に頷く。義孝は初めて来た佐藤の部屋を見渡す。可愛らしい絵画が飾っている壁、テレビ、本棚――それにラックに飾ってある写真立て。それを見て見ると、懐かしい物が飾ってあり思わず声を上げてしまった。
「うわ、懐かしい! これって、最後の大会の時の集合写真だ! 何でこんなの飾ってんの?」
「お。中学の時のヤツじゃん」
「ちょっと、勝手にみんなよ!」
佐藤が飾っていたのは義孝と佐藤が映った柔道部の集合写真だ。隣同士で立っている佐藤と義孝は笑みを浮かべている。椙山も映っており、あまりそこは見ないようにした。佐藤は珍しく顔を赤らめてジロジロと見ている義孝と月村を叱った。
「もっと他に飾るのあるだろ。よりによってコレ?」
「いいだろ別に! って、ぎゃあ! 沸騰してる!」
「ふぅーん。へぇ〜」
慌ててカセットコンロの火を消す佐藤を月村はジロジロと見ている。その含みのある目が気になったが、義孝は結局聞けなかった。
「よし、ここに出汁を入れて…。うん! 出来た」
佐藤の言葉に義孝は鍋を見る。どうやら完成したようだ。鶏がらスープの良い匂いが腹を刺激する。
「お、美味そう〜。俺胡麻ドレぇ〜」
ドバドバと器に胡麻ドレッシングをかけて箸で野菜を摘まむ月村を横目に義孝はポン酢を器にかける。
「「いただきまーす」」
月村と佐藤の声が部屋にこだまする。義孝も「いただきます」と手を合わせて、肉と野菜を頬張った。
「うま…!」
適当に野菜を入れて鶏肉を入れただけなのにどうしてこんなに美味いのだろう。やはり12月になったからか、温かい食べ物は胃にも嬉しいようだ。地べたに座って黙々と食べてテーブルを囲んで3人は話をしていた。2人も「美味い!」「うめ〜!」と言い合っている。
「でさぁ、その時の湯がオレンジ色でさぁ」
「マジ? 正気かよ」
月村と佐藤の2人は楽しそうに話す様子を缶ビールを飲みながら見詰める。
「…」
「ん? どうした鈴岡」
佐藤が義孝の視線に気付いたのか問いかけてくる。義孝は「あぁ」と目を瞬かせる。
「いや、随分仲いいなって思って」
素直に思ったことを伝えたのだが、それが佐藤には驚きだったようだ。
「ぶはっ! な、仲いいって…!」
「何照れてんだよォ。そうそうこの前一緒に寝た仲だしィ?」
顔が真っ赤な佐藤をからかうように月村は言った。
――一緒に寝た仲…?
「おい、いかがわしく言うな! ただ同じベッドで寝ただけだっつうの! 鈴岡、何もないからな! ただの友達! 友達だから!」
「へえ、そうなんだ」
やっぱり仲がいいな――という目で見詰めると佐藤はカァーッとさらに顔を真っ赤にさせた。まるで茹蛸だ。佐藤は頭を搔きながら、話題を変えてきた。
「俺と月村の事はいいから! そういやさ、伊勢さんとの生活はどうなの? あんな高層マンションに住んでて怖くない?」
「まぁ地震とか来ると死ぬかなって思うけど…」
「えッ、お前伊勢サンと住んでんの?」
月村が驚いた顔をしている。そう言えば言ってなかったか、と思う。わざわざ話す事でもないしな――――。
「あぁ。この間から伊勢さんのところに住んでるよ」
誤魔化す事でもないから義孝はハッキリと言った。月村は「マジか」という顔をしている。声にも出していた。そう言えば2人に聞いてみよう、何か解決の糸口があるかもしれない―――そう考えて義孝はこの前の出来事をかいつまんで話すことにした。
「あー…相談なんだけど。この前さ、伊勢さんのお兄さんが家に来て。どうやら伊勢さんとお兄さんがあんまり仲が良くなくて…。俺たちの恋人同士って関係がバレてさ、即刻別れろって言われたんだけど…。俺は出来ればお兄さんとも仲良くしたいんだよ。どうすればいい?」
2人は目を丸くし、そしてしばらくして佐藤は神妙な顔に、月村は反対に爆笑していた。
「アハ! 何それ、修羅場じゃん!」
「どうすればいいって言われてもさ…」
「まぁ、そうだよな」
義孝が項垂れていると月村が目を細めて言った。
「伊勢サンっていかにもお坊ちゃんそうだもんな。医者とかエリート家族って感じ? 勉強に力入れてさ、個人主義っていうかぁ。それだけ体裁とか気にするんじゃね? 結婚とかそういうの、うるさそうじゃん?」
「確かになぁ。俺んちでさえもお母さんが結婚しろけっこんしろ〜煩いもん。男同士じゃ結婚も出来ないしさ」
月村の言葉に佐藤もうんうんと頷いている。月村の言う通り、透の家は結婚もうるさそうだ。見合いの話も出ていたし―――そこまで考えて胸がチクりと痛む。
「俺ぇ一人っ子だし、家族も家庭崩壊してたからよく分かんないけど家族って仲いいのが普通なわけ?」
「え…。ま、まぁ…そうなんじゃないか? 普通は…」
家庭崩壊、という言葉が出てきて義孝は月村に同情の念を抱いた。月村のこの性格も家庭環境が少なからず関わっていそうだ。
「んじゃ俺分かんねぇ〜わ〜。別にお兄さんと仲良くしなくてもいいんじゃね?って思うし〜。佐藤は〜?」
「え、俺?! 俺は…俺んちも一人っ子で、家庭環境は悪くなかったから…やっぱりさ、お兄さんとは和解というか仲良くした方が良いと思うんだよ」
「そうなんだけど…そうなんだけど、お兄さん…初さんって言うんだけど…サイボーグかってぐらい無表情っていうか。無機質っていうか。どうやって仲良くすればいいのか分かんないんだよな〜」
義孝の言葉に、佐藤はピクリと反応した。
「はじめって…。もしかして、伊勢初…?!」
「え…さ、さあ? そうなんじゃないか? 知り合い?」
義孝の問いかけに佐藤は机をバンッ!と叩いた。
「知り合いも何も! めっちゃ有名人じゃん! いせ はじめ! シンファザ国会議員!」
「し、シンファザこっかいぎいん…」
馴染のない言葉すぎて思わず言葉を反芻する。
「知らんの?! 〇〇県×区単独トップ! シングルファザーで国会議員やってるっていって支持率上昇! 子育て政策に力に入れて世のパパママを虜にしてる、今注目度ナンバー1の国会議員だよ!」
この人!とスマホの画面を見せられて義孝は思わず叫んだ。そこには仏頂面の初がカメラ目線で映っていた。
「あー! この人、この人だ!」
「へぇ、俺選挙とか国会議員とか全然興味ねぇから知らんわぁ〜」
「いや俺も選挙とか行かないから知らんかった…」
「マジ?! 自分の選挙区ぐらいは見とけよ。めっちゃ有名だよ、この人! この間もニュースで話題になってたじゃん! 内容は忘れたけど!」
「忘れたんかい…」
佐藤が鼻息荒く話している内容はにわかには信じられない事だった。透の身内に国会議員がいるなんて。
「っていうか、聞いてないし…」
透には何も聞かされていない。この前まで義孝は恋人の家族構成すら知らなかったのだ、当たり前かもしれないが…――何だか寂しかった。
「そんな有名人の弟が男と同棲中で付き合ってるってスキャンダルじゃねェ?」
「あ…」
月村が独り言のように言った言葉に「確かに」という顔をする佐藤。義孝も同じような顔をして固まった。
「どうすんだよもう…」
思わず義孝はそんな事を呟いてため息をついた。ただの家族問題がどうやら随分と知らず知らずのうちに大きくなってしまったようだ―――。