ンドルフィンと隠し事

25

 

「昔の男に追いかけられていたのか?」

「な…っ」

 クミヤに単刀直入に言われて、好紀は瞠目した。だが、はたからみたらそう見えても仕方がない事だと思う。好紀にとって辛いのは、昔の男でもないのにああされたことだが―――。誤解を解くため好紀は首を振って否定した。

「そんなんじゃないですよ。そもそも男で昔付き合ってた人なんていませんし」

「ふうん」

 じゃあ、なんだ―――と、顔に書いてある。好紀は羞恥に顔を赤らめながら答えた。みられていたことを考えると恥ずかしいがそうもいっていられない。

「あれは…講習会で、えっと…サングラスをかけていた…」

「…どういうことだ? 何か問題でも起こしたのか」

 サングラス、講習会、という言葉でクミヤは分かったのだろう。眉を顰めた。また好紀が何かしたのか、と問う彼に好紀は「えっと」と言い淀む。運転手は講習会のことを知らないので、誰?という顔をしていた。ここで話すわけにはいかないので、好紀はごめんなさいと思いつつ言葉を続けた。

「俺の事気に入ったみたいで…なんかやばい気がして逃げてきたら追いかけてきちゃって」

 と、言うとクミヤが呆れたように言った。

「……どんな逃げ方したらあんな風に追いかけられるんだ」

「まるで映画みたいだったよねえ。クミヤさんが見つけなかったら危なかったよ」

 と、普段は口を挟まない運転手が言ったのを聞いて好紀は慌ててクミヤにお辞儀をした。

「す、すいません。助かりました! 走るのきつかったんで、入れてもらえて貰えて…ホントによかったです。ありがとうございますっ」

 あのまま車で拾ってもらえなかったらどうなっていたかは分からない。もしかしたら―――そう考えるとゾッとする。クミヤは「そうか」と言って窓を見つめていた。そこにある感情は分からない。本当に、彼には感謝しきれない。そういえば、昨日の事も謝らないと―――と考えていたら前から軽い声が聞こえた。

「ヤ―さんかと思ったけど違って良かったよ」

「あはは…」

 運転手の言う事も分かる。あんな街中で追いかけっこするなんてよほどのことがないとないことだろう。ディメントは借金に売られた人間もいるため、借金取りが追いかけてくる可能性も人によってはあるだろう。そうじゃなくてよかった―――と好紀も心底思った。

 ふいに気になったことがあり好紀はクミヤに問いかける。

「あの、今日は、お客さんのところに向かうんですか?」

 私服姿のクミヤに、そうなのか?と思いつつ聞くとクミヤは目を細めて口を開く。

「…今日は買い物だ。客だったらお前を呼んでいる」

「―――ッ、そ、そうなんすねッ」

 当たり前の事のように言われ好紀は、思わず背筋を伸ばしてしまう。この人にとって同伴を呼ぶときは『コウ』を選ぶ、とはっきりと言われた気がして恥ずかしかった。にしても買い物か―――と、ちらりと後ろを見る。その目では荷物を確認することは出来なかった。きっと後ろのトランクに積んであるんだろう。

「何買ったんすか?」

 好紀はさらに質問をした。洋服とか、日用品とかかな―――?と思考をめぐらせていると、クミヤは口角を上げた。

 え、笑った―――?!

 かぁっ、と顔が熱くなるのを感じる。クミヤは滅多に笑わないので、こう笑われると心臓に悪い。嘲るような笑いに、何か間違えたことを聞いたのかとドギマギした。

「今日暇か?」

 ふいにクミヤに聞かれ好紀は大きく頷いた。

「はいっ、暇ですっ」

 帰ったとしてもイチからの質問攻めに合うだけだ。あ、でもスポンジとか生クリームとか冷やした方がいいかな―――、と思ったが。

「寮に帰るのはやめだ。目的地を変更する」

「――――はい。かしこまりました」

 クミヤの言った言葉に運転手は大きく頷いた。運転手にクミヤは何事かを耳打ちすると、運転手は寮とは別の方向へハンドルを切った。クミヤの顔は、ついてこい、と書いてあり有無を言わさぬものがあった。好紀はどこに向かうのだろう、と思いながら目的地に着くまでソワソワとしていた。結局何を買ったのか教えてくれはしなかった。

 数10分が過ぎた頃。目的地に着いたようで、路上に車が止まる。慌てて好紀はドアを開け、クミヤのドアを開ける。ドアから映画俳優のようなオーラを醸し出したクミヤはトランクを開き、荷物を取り出した。それは抱えるぐらいの大きさのものだった。好紀は意外と大きいサイズに驚く。

「また連絡する」

「はい。かしこまりました」

 運転手はクミヤの言葉に頷き、そのまま出発した。あたりを見渡すと、目の前には所謂ラブホテルがあった。クミヤは颯爽と足を動かして、ホテルのなかに入っていく。ここはゲイの町で有名な場所だった。そのホテルという事もあってか男同士がホテルの中に入っていく。その異様な光景に思わず凝視してしまう。

 彼が妖しい雰囲気のホテルに颯爽と入ったので、まるでここが高級ホテルのように錯覚してしまう。好紀は慌てて後ろを追いかけた。

 好紀がもたもたしているうちにクミヤはチェックインを済ましていた。鍵を持っている彼を追いかけ、閉まるすんでのところでエレベーターに乗り込んだ。長い指が迷うことなく最上階を押されて妙に緊張する。好紀は静まり返ったエレベーター内に耐えきれずクミヤに話しかけた。

「あの、持ちましょうかそれ」

 抱えて持っているので重いのかもしれないと思い、つい言ってしまった。クミヤはそんな好紀を一瞥し

「お前も荷物持ってるだろ」

 と、言われてしまった。ハッキリ言って、断れたのだ。

「あ、…そ、そうですね…」

 好紀は言って項垂れる。失敗した、と素直に思った。そうこうしているうちにエレベーターは目的の階に着き、クミヤは迷うことなく部屋のドアまで進んだ。好紀は緊張しながらカルガモの雛のように後ろへ着いていき、ドアが開かれるのを待った。

 開かれたドアにずんずんと入っていった彼をさらに追いかけると、いかにもな大きいベッドが置いてあり目を逸らす。どうしてこういう場所の照明は淡い色のモノなのだろうと思った。ここのホテルも淡いピンク色に染め上げられており、エロティックな雰囲気に唾を飲み込んだ。

 好紀は荷物を椅子に置くと、クミヤに向き合う。何を言われるのだろう、何をするんだろうと思った。ラブホテルに来たのだ。することは一つしかないが、考えざるを得ない。そうしていつもの教育が始まろうとしていた。だが今日の教育はある意味で好紀にとって辛く苦しいものだった。

「お前付き合った人間はいるのか?」

 まるで吐き捨てるように言われて困惑したが、好紀は記憶を辿りつつ答えた。

「ありますよ。…二人いたと思います」

「…じゃあヤったことはあるか」

「…え? ―――――ウッ」

 おもむろに持っていた荷物を取り出しベットの上に置いたクミヤに好紀は思わず口をおさえる。胃酸がせり上がるが、何とか堪えた。嫌な記憶が一気に蘇った。クミヤが持ってきたもの―――それは、女性の尻を模したラブドールと言われているものだった。

 こうしてみるのは初めてだったが、まじまじとみようとは思えなかった。

 気持ち悪い――――。

 作り物なのだから白く綺麗なお尻だとは思うのだが、目の前のものには、女性器がついているのが見えた。過去の記憶が一気に蘇り、目をぎゅっと瞑る。

 ―――最低―――。

 吐き捨てられた言葉。彼女の嫌悪感をあらわにした顔。丸出しのアソコ―――。何もかも気持ち悪い。

「童貞か?」

 クミヤにハッキリと言われて、カーッと顔が熱くなる。図星だった。好紀はクミヤの『付き合ったことあるのに?』という視線に耐えきれず答えていた。

「高1のときに彼女がいたんですけど…いざやるぞってなった時、アソコを見て吐いてしまって。…それで別れました。もう一人出来たんですけど、胸を触ったとき吐いてそれで別れました」

「…」

 クミヤにじっとみられていることが分かり居たたまれなくなる。

 あの日の事はよく覚えている。夏の日だったと思う。彼女にホテルに誘われて。ドキドキしながら下着をおろしたら、まるでグロテスクなアワビのような性器を見てしまった。赤黒く、しわくちゃで、毛むくじゃらで、きつい匂いがして。それが雌のような匂いだと気付いたとき、いつの間にか吐いてしまった。

 その時の彼女の嫌悪感丸出しの顔が忘れられない。最低、と罵られた。当たり前だ。好紀は逃げるようにホテルを出ていった。

 結局彼女とは別れた。その後すぐに彼女は別の人と付き合っていてほっとした。次にできた彼女は、そんなことがないように、衣服の上から胸を触ろうとした。だが、それは無駄だった。ぐにゅっとした感触が気持ち悪くて、いつの間にか胃酸を吐き出していた。

 それで思った。自分は彼女なんか作っちゃいけないのだと。

「ちゃんと見ろ」

「っ」

 クミヤにそう言われて恐る恐る目を開けた。

「あれ…」

 見ていて気付いた。このラブドールの女性器はアワビじゃないのだと。一筋の所謂ワレメがあるだけで、あの時の彼女のように身が飛び出していない。だからだろうか。見ていても気持ち悪く感じなくなってきた。毛むくじゃらじゃないのも気持ち悪さが激減していた。好紀はほっとしつつ、感慨深げに言った。

「アソコって、赤黒くて…アワビみたいで、なんか…ビロビロしてるのに…これはなってないんですね」

「これは普通の女の尻を模したものだ。…そのときの女がヤリマンだったんだろ」

「ヤリマン…」

「セックスのし過ぎで中身が飛び出したんだろ。それかオナニーのしすぎだ。ディメントの女もそんな感じになってるやつもいる。…お前、そんなの見せられたのか?」

 童貞なのに可哀想だ、と言いたげな顔でこちらを見ている。

 そ、そうだったのか―――。

 確かに、彼女はすぐに彼氏が出来ていたし…もしかしたらそうだったのかもしれない。世の女性がこんな風ならまだ気持ち悪くないとほっとした。

「これはお前のものだ。ヤれ」

「?!」

「何を驚いている。これで童貞卒業は嫌か?」

「そ、そういうんじゃないんですけど…」

 クミヤが指でくぱ、とアソコを拡げられて好紀は「ひいっ」と悲鳴を上げて顔を覆う。薄ピンクのしわくちゃのアソコを見て好紀は度肝を抜かれた。やっぱり中はしわくちゃなんだ、と思う。

「お前の童貞卒業見ててやるよ」

 にやっと意地悪く言われて、好紀は耳まで真っ赤にさせた。クミヤはこんな性格だっただろうか。一番始めに会った時より饒舌で、表情豊かで、ミステリアスな印象がなくなっている。無機質な印象だったのに、人間味があった。どうしてそんな場所をみられなきゃいけないんだろう、と思ってしまう。驚きすぎて口をぱくぱくさせている好紀にクミヤははぁ、とためいきを吐いた。

「高級なやつだから処女膜もあるんだがな。…分かった、お手本見せてやる」

「あ…」

 クミヤはそう言ってズボンのチャックを下ろし、ポケットからコンドームを取り出すと手早く付け、お尻にあてがう。萎えた性器だったが、数度手で擦ると硬度を持ち、硬く大きくなった。手に持っていたローションをぶっかけるとクミヤは問答無用で、お尻の孔の方へ突っ込んだ。

「わっ」

 バチン!と大きな音がして、好紀は目を丸くする。―――う、ウソだろ…。

 クミヤは好紀を一瞥すると、見てろよ、と目線で伝え腰を動かした。

 パン、パン、パン、パン、パン! ギシギシ、ギシギシ、ギシギシ!

 好紀はあまりの音の激しさにお尻が壊れてしまうのではないかと不安になった。貪欲に腰を打ち付けるクミヤは、まるで野獣のようだった。尻を大きく手で叩きながら腰をピストンする姿は、まるでそこにヤられている人間がいるようだった。

 この人はいつもこうやって人を犯しているのか―――。そう思ったら、涎が出てごくりと唾を飲み込む。思わず自身の手を尻に持っていく。むずむずとした感覚がやってきて、股を寄せた。

「こ、壊れちゃう…っす…」

 息を乱さず打ち付ける姿に、好紀は尻をもじもじとさせた。

「壊れない。安心して犯せ」

 そういうと、クミヤはおもむろに引き抜き尻を見せつけてきた。そこはぽっかりとクミヤの形の穴があいた尻があった。まさにクミヤ専用の穴という穴の大きさに全身が真っ赤に染まるように熱くなった。クミヤは勃起したままで、好紀は目を瞑る。ものすごく生々しい光景だった。

 ドクン、ドクン、ドクン―――。

 心臓が大きく高鳴る。汗が噴き出る。むせ返るオスの匂いに顔を歪ませ、さらにぎゅっと目を瞑る。

「ほら」

 お前の童貞卒業見ててやるよ、と囁いたクミヤに好紀はまるでライオンに崖に追い詰められたシマウマのように身を縮ませたのだった。

 

 

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