怯える好紀だったが、クミヤに従うしか道はない。
意を決してズボンを下ろし、下着をずらすと好紀の状態を見てクミヤはほう…と目を細めた。
「やっぱり女の尻に興奮したか?」
嘲り言われて、好紀は顔を真っ赤にした。好紀の性器は勃起しており、天を向いていたからだ。女の尻に興奮したんじゃない、と思わず言いそうになって口を紡ぐ。言えるわけない。クミヤが腰を振っているところ見て、こうなってしまったなんてこと。
好紀は尻を目の前にして戸惑っていた。白い滑らかな曲線を描く尻に興奮を感じない自分にも戸惑いを隠せない。勇気を出して性器を取り出し、白い尻にあてがう。そのまま押し込もうとしたが、クミヤから待ったがかかった。
「そこは尿道だ。下の穴が膣だ」
「あ…」
そうだったのか。と、恥ずかしくなる。好紀は、入れようとした穴の下の穴にぐっ…と先っぽを入れ込んだ。瞬間、ぬちゃ…と粘着質な感覚がして腰が震える。は、は、はぁ…、荒く息を整える。ゆっくりと奥へ進もうとして、プチプチ…とした何か弾ける感覚がして眉を顰める。
「童貞卒業おめでとう」
「…っ」
ハッキリと言われて恥ずかしてたまらない。こうやってクミヤに何かを祝って貰ったのは初めての経験だった。初のお祝い事がこんなことなんて恥ずかしくてたまらない。初めてのラブドールのなかは、ぬちゃぬちゃしてて、きつくて、そのまま止まっていても搾り取られそうだった。腰を進めたまま動かなくなった好紀にクミヤは囁く。
「処女膜を破った感覚はどうだ?」
「わ…からないっす…」
先程のプチプチとした感覚がそうだったのかもしれないが、もう好紀には分からない。こんな…セックスをみられているような…そんな恥ずかしい行為をしていることが何より恥ずかしかった。動こうとしない好紀にクミヤがしびれを切らして言った。
「ほら腰を動かせ。見せてやっただろう」
「…は、い」
先程の野獣のような腰振りを思い出し、体温が勝手に上がっていく。好紀はやがて腰を動かした。それはかなりゆっくりなものだった。ゆっくり引き抜き、ゆっくりと挿入する。それを繰り返した。それはとてもおぼつかないものだった。
「は、ぁ、はぁ、はぁ…っ」
へこへこと腰を動かしていると、快楽がやってくる。なるほど。これが、皆がセックスをしたがる理由なのだとぼんやりとした頭の中で考える。だが、これなら一人でオナニーしたほうがいいのではないかと、そんな考えが浮かんでくる。ぷるぷると揺れる尻を見て、ごくりと喉を鳴らす。むくむくと沸き上がる感情はきっと征服欲というやつなのだろう。
相手を支配したい。その欲を満たしてくれるのがこのセックスという行為なのだ。
ディメントにわざわざやってきてコウを犯す客もこんな気持ちなのだろうか。
「もっと早く動かさないと相手が喜ばないぞ」
「は…はいっ」
そう言われて、好紀は必死に腰を動かした。快楽を求めて腰を振る野獣になったようで気分のいいものじゃない。パン、パン、パン!―――音が聞こえるたび、恥ずかしさに頭を抱えたくなる。こんなの怪物だ。こんな、自分の欲のために行動するなんて、一番嫌いな怪物そのものだ。
相手が喜ぶなんてそんなことあるんだろうか、そう思っていたらクミヤの視線が手に移動した。
「尻を叩いたほうが、中が締まる」
「…っ、は、はい…っ」
先程の行為を思い出して、まるで自分がクミヤになったみたいになった。ぺちん、ぺちんと尻を手で叩く。手が痛いだけだ。こんなことをしても相手の尻が痛むだけだろう、そう思う。そこに興奮なんてない。だが、一瞬脳内に尻を叩かれている自分を想像して――――好紀は、身体に快楽がスパークした。
「うっ、あ、あぁっ」
好紀は慌てて中から出して、精を尻の白い肌に吐き出した。抜いた所はぽっかりと穴が空いており、自分が「やった」のだとハッキリわかる。背中を逸らし、快楽の余韻に酔う。ぱっくり空いた穴に指を突っ込み、クミヤは中身を掻きだすような仕草をする。それは淫猥な光景だった。
「中にあるザーメンを掻きだしてやれ。妊娠する確率が減る。後始末はきちんとしろよ」
「は、はい…」
どうして自分は、まるで女性を抱く手ほどきを受けているのだろう、とふいに思った。クミヤが女性とするときこんなことを毎回しているんだろうか、と考えるとどうしてか心がもやもやとした。好紀は慌ててティッシュで精をふき取り、ズボンを上げ、なんとかいつも通りに装うとする。
「なんで…俺に女性とのセックスをさせたんですか…?」
片づけるクミヤに好紀は問う。するとクミヤは不敵に言い切った。
「女を抱いた方が自分が犯されているときによく分かるからな」
「…?」
何がよく分かるのか、好紀にはよく分からない。尻をビニールに入れると、それを好紀に渡す。
「それはやる」
「え…っ?!」
こんなの貰ってどうすればいいのだろう。おろおろしていると、クミヤは目を細めて言葉を紡ぐ。
「今度やるときは処女だといいな」
ディメントナンバー2は、そう言って笑った。まるで、好紀がディメントから出ていくことを前提に話されているようだった。いや、いつかはここを出ていくのだから当たり前の事だ。それは分かってはいるのに、好紀の心はもやもやとしたものが広がっていた。
好紀が女性とヤることが前提の言葉に、好紀は知らず知らずのうちに唇を強く噛みしめていたのだった。
それから。好紀とクミヤは車で寮に戻って、別れた。好紀は部屋に戻ってから、貰った尻をベットの上に置いた。一見するとただのビニール袋なので、きっと中身をみられなければバレはしないだろう。帰ってきたときには、イチはいなかった。きっと客のところに行ったのだろう。
好紀はケーキの材料を台所へ置いた。本棚から、ケーキ作りの本を取り出すとページを捲り、目的のページを見つけるとその場所を開いて作業に取り掛かる。生クリームをかき混ぜる作業は好きだ。何も考えずに、ホイップクリームになってくれるから。
雑念を取り払ってくれる、集中させてくれるこの作業が好きだった。
「あ…っ」
本が肘に当たり、本が床に落ちてしまう。開かれた本のページには、『人気パティシエ 〇〇さんにインタビュー』と大きく書いてある。瞬間、胸が大きく痛む。そのページは、買った時からみようとはしなかったページだ。叶わない夢をどうしようもなく思い出してしまうから。
子供のころから描いていた夢を追い続けるのには、色々と足りないものがある。まずはお金、時間、環境。全てが足りない。ディメントを出ることはしばらくできないだろうし、夢で稼ぐのには時間がかかりすぎるし、儲かるかも分からない。全部が夢物語だ。
急いで本を拾うと、元のページに折り目を付け開く。もう、あんなページ開かないように。
「不毛…」
好紀は一言、哀し気に呟いてケーキ作りを再開した。
夢は叶わない。それだったら、趣味でもいい。それに関わっていれば、まだ心にあきらめがつく。それから好紀はイチゴを綺麗にスポンジにのせ、クリームを塗って、ケーキを完成させた。ケーキを切ると、一つ取り出して残りはラップに包んだ。
「美味しい…」
フォークですくうと、口に含んだ。思わず零れた言葉と笑み。甘さ控えめのショートケーキが上手くできた。これを明日同伴であるクミヤに渡そう、と思った。結局作ったホットケーキを食べてもらったかは分からない。ただの自己満足だ。もし、もしも、これで彼が美味しいと言ってくれたら…。
「ふふ…」
好紀は小さく笑みを浮かべると、ケーキを箱にしまい、一個取り出すとメモ帳に『イチへ 作ったから、良かったら食べて』と書いて乗せた。冷蔵庫に入れた箱と一切れのケーキ。どちらも反応が楽しみで仕方がない。好紀は楽しそうに笑うと、冷蔵庫を閉じた。
次の日。夕方。好紀はいつも通りクミヤの同伴だった。手にはケーキの箱を持って、いつ渡そう、渡そうか、とソワソワしていた。だが結局、送り届けたときには渡せなかった。いつも通りにホテルに止まった車から、ふいに好紀はクミヤを目で追う。だが、それは好紀にとってやらないほうがよいことだった。
「あっ」
好紀は悲鳴を上げ、大切に持っていたケーキの箱を床に落としてしまう。それは、ショッキングな光景だった。クミヤがやってきた客と、キスをしていたからだ。人目をはばからない熱いキスシーンに、好紀は思い切り顔を逸らす。頭の中で、みなければよかった、みたくなかった、そんな感情が沸き上がる。
嫌な汗が流れ、嫌に心臓が高鳴る。大きな音を立て箱が落とした好紀に運転手もつられて窓を見る。
「おぉ、お熱いねえ」
感心した運転手の言葉は好紀には入ってこない。
かき消そうとしても頭の中で先程のキスシーンが蘇る。嫌だ。もう思い出したくない。どうしてこんなに胸が苦しくなるのだろう、と思う。クミヤが客とキスをするのは当たり前の事だ。性を売るディメントでは普通の事だ。そう思っても、嫌悪感は消えない。
「コウくん? 箱落ちてるよ、大丈夫?」
バックミラー越しに言われて、やっと好紀は顔を上げた。ミラーに映る自分の顔は恐ろしい程真っ白で、青白いものだった。好紀は震える手で拾うと、運転手に差し出した。運転手は驚いた様子だった。
「これ、ケーキ…作ったんです。さっき落としちゃったんですけど、良かったら貰ってください」
「ええ? いいのかな、クミヤさんに渡すんじゃなかったの」
その通りだ。鋭い運転手の言葉に、好紀は首を振る。
「…いや、いいんです。お世話になってる運転手さんに食べてもらいたくて…」
「じゃあ、貰おうかな。ありがとう、これ、頂くよ」
「はい…」
好紀は頷いた。箱が運転手の元へ行く。
「コウくん、顔…真っ青だけど、大丈夫?」
そう言われて
「え? 大丈夫です…っ」
「取り敢えずディメントに戻ろう。休んだ方がいい。クミヤさんにコウくんは休んでるっていっておこうか?」
「えっと…、じゃ、じゃあ…」
好紀はゆっくりと、お願いします、と言った。同伴者失格だ、と思った。だが、こんな気持ちのまま同伴なんて出来ないだろう。好紀はどうしようもなく不安な気持ちになりながらも、車内で揺られていたのだった。