やさしい空と、この場所

第10話

 



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「わぁ…雪だ…」

 今日はぼんやりとしか天気予報を見ていなかったから、雪が降るなんて知らなかった。誕生日に雪が降っているのは、めったにないとても素敵なことだと思う。まるで漫画でしかないようなシチュエーションに、胸が高鳴る。

 だからつい、言葉が出ていた。

「なんだかロマンチックですね」

「え?」

 潤也の驚いた声で、誠人は我に返る。そして自分の言った言葉に、一気に顔が熱くなるのを感じた。なんて恥ずかしいことを言ってしまったんだろう。潤也の困惑した顔を見て、誠人はあわあわと首を振る。

「いや、冬木オーナーの誕生日に、雪が降るなんて凄いなって思って…!」

 自分ながらにすごいことを言っている自覚はあった。ひかれるかな?と思っていた誠人だったが、対する潤也の反応に面を食らう。

「…俺もそう思う」

 潤也は深くうなづいた潤也を、誠人はじっと見つめてしまう。

 美形である潤也の背景にある雪がキラキラ輝いて見える。切れ長の二重の潤也の目は、どこか野蛮なものを孕んでいたけれど、それが今の彼は抑えられていた。それがどこかセクシーで、ドキドキとしてしまう。

 冬木オーナーと、雪ってピッタリだよなぁ…―――。

 やっぱり冬に関する苗字だからかなぁ…?

 そんなことをぼんやりと思っていた誠人の手のひらに、突然冷たいものがのせられる。誠人は驚きながら下を見ると、自分の目を疑うものが自分の手のひらにのっていた。それは綺麗に赤い包装紙でラッピングされた小さな箱だった。

 それは誠人からもらった包装紙と同じ色で、誠人は何度もその赤い小箱と潤也の顔を見る。

「一週間前だけど……誠人くんの誕生日プレゼント…」

 潤也の顔は言いながら頬をほんのりと赤くさせている。だが誠人はそんな些細な潤也の変化に気づかず、口を魚のようにパクパクとさせるしかない。

「え…ぁ…っ」

 潤也の言葉の意味を理解するのは、時間がかかった。

 だけど、これは自分への少し早い誕生日プレゼントなのだと分かると、今まで味わったこともない幸福感が身体を包む。

「い…い、いんですか…?」

 顔が緩むのを感じる。嬉しくて、飛び上がりたいけれど、子供っぽいし、恥ずかしいから我慢する。

「気に入るといいんだけど」

 潤也の照れ隠しのような言葉に、胸がぎゅうっとする。誠人は、まるで犬のように鼻を荒げつつもらったプレゼントをかかげる。

「あ、あけていいですか!」

 興奮気味の誠人に「うん」と潤也は頷いてくれた。誠人は許しがもらえたことが嬉しくてたまらなくなって顔を輝かせて、小さな箱の包装紙を取り外していく。気持ち的にははじめてクリスマスプレゼントをもらったときのように嬉しくてしょうがなかった。

 紙をとり、箱を開けると、そこにはシルバーのネックレスが入れられていた。何かの形をしたカッコいいデザインで、誠人の好みにピッタリと合ったのだ。誠人はそのネックレスをみるやいなや、顔を輝かせ、感嘆に息を吐く。

「わぁ…カッコいい…」

 人にプレゼントをもらうことがこんなにも――――…。誠人はもらったプレゼントをじいっと見つめ、たからものにしよう―――そう決意していた。

 ぼうっと見ていると、潤也の声が現実に戻す。

「誠人くんの『A』をモチーフにしたネックレスなんだ」

 潤也の言葉で、誠人はネックレスを見つめる。だがAにはみえないデザインで、つい言葉にでてしまう。

「え? これAなんですか?! みえない…」

 驚いて、感嘆の言葉を吐いた誠人は、大切なネックレスを箱にしまい、ガバッと勢い良く頭をさげた。潤也がビクビクと震えた気配がする。

「ありがとうございます! うれしいですっ」

 誠人は大きくお辞儀をして、誠人は叫んだ。今の誠人にできる、精一杯のお礼だった。この嬉しくてたまらない気持ちをどうやって表現していいのか分からない。誠人は嬉しさに満面の笑みを浮かべ、言い忘れていた≪とても大切な言葉≫を伝えた。

「あ…オーナー…、お誕生日おめでとうございます…」

 伝えるのが遅くなってしまった、と誠人は恥ずかしくなり笑顔でごまかす。

 オーナーと会ってから、誠人の運命は変わった気がする。―――とっても良い意味で。目の前の潤也をみると、どうしてだかかたまっていたので誠人は不思議そうに首を傾けた。潤也はしばらくしてから、恥ずかしそうに答えた。

「あ…ありがとう…―――誠人くんも…おめでとう」

 潤也はそっと、誠人の肩に触れる。その触れ合いにドキドキしたものの、オーナーが言ってくれた言葉がうれしくて誠人は大きく頷いた。

「はいっ、ありがとうございます」

 ああ、本当にうれしいなぁ…夢みたいだ。

 そうじんわりと感じていたら、冷たい風が吹いた。あまりに寒くて、誠人はくしゃみを一つしてしまう。長時間外にいたからだろう。身体が冷え切っている。

「あ…寒いよね。帰ろうか…、みんなも待ってるだろうし」

 潤也は申し訳なさそうに言って、やさしく紳士かのごとく誠人の背中を押した。

「あっ、ぁ…そうですよね…帰らないと…」

 誠人は寂しくなりながらも聞き分けよく頷いて、プレゼントをスーツのポケットにいれた。潤也は自分があげたプレゼントを手にもって誠人の隣を歩く。しんしんと降る都会の隅の雪はとても綺麗だった。まるで夢の中にいるような、非現実的な美さを持っている。

 吐く息は白く、辺りは暗い。しばらく歩いていると、目の前の奥の方に見知った顔が歩いているのが見れた。

「あれ…?」

 誠人は嬉しくてつい足が駆け出していた。

「みなさん!」

 見知った人たち―――慎、至、響牙が笑いあって口々に言葉を話す。雪が降っているのに、カサをささずにやってきた彼らはまるでドラマのワンシーンのようにカッコよかった。

「あ、誠人くんよかった居た」

「潤也ぁ〜、ずいぶんと遅いご帰還じゃねぇか〜」

「もう〜主役がいなくなったら、なにもやることないじゃないですか」

 慎は心配げに、至は頬を膨らませ、響牙はやれやれといった様子だ。3人ともコートを着ていて、迎えに来てくれたのだと分かる。それがとても嬉しくてしょうがなくて、誠人は泣きそうになるのをぐっとこらえたのだった。

 そのあと、5人は笑い合いながら―――時折潤也と至が争いながらカノンに集まった。

 そして、誠人はそのあとも聖誕祭をめいいっぱい楽しんで、このパーティーはお開きになった。結局、弟の夏生は来なかった。用事があったから、しょうがないけれど、どうせだったら…――――来てくれたら嬉しかったなぁ…なんて思ってしまう。

 あのトキも、誠人たちが戻るときには、もういなくなっていた。潤也が席に近くにいた人に聞くと、≪具合が悪いから帰った≫ということだった。心配した潤也が電話していたが、ただ酔っぱらって気持ち悪いだけだという。その話を聞いて誠人はほっとした。大事にいたらなくて、よかった。

 パーティーの最後、記念にとカノンのメンバーで写真を撮った。真ん中は主役の潤也と、誠人。至と慎は隣同士、響牙は誠人の隣。その周りには、ほかの従業員が集まっている。そうして撮られた写真は、後日カノンの壁に貼られていた。

 それは皆満面の笑みでとても楽しそうで、潤也と誠人の手にはそれぞれ贈り合ったプレゼントが大切そうに握られていたのだった―――。

 

 


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