RIP IT UP

第8話

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「そうねぇ、YOSHI未公開データなんてどう?」

 うふっと、ハートマークで笑った豪円の言葉の内容に義孝はさらに目を剥く。それは職権濫用すぎやしないか―――そう突っ込もうとしたが豪円の言葉に、透はすくっと立ち上がり、素早く行動に移してしまう。

「了解しました。早速撮りましょう」

「ちょっと、何勝手に…っ」

 透の目は本気だった。義孝の制止を物ともせず彼は、豪円に連れられてカメラの前に立った。カメラを前にしても透の存在感は増すばかりであり敦也や義孝だけではなく、スタジオにいる人々が「伊勢透」に注目していた。

 紗幕(しゃまく)を背にした透は、棒立ちの状態だったが、それでも十分に被写体としての価値があった。立っているだけで華がある、そんな言葉は彼のために用意された言葉のように思えて仕方がない程彼はカッコいい。

「いいわよぉ〜、その顔でこっちを見て頂戴〜」

 カシャッ、カシャッ、と高そうなカメラの音がスタジオに鳴り響く。スタジオの人たちは流石プロと言える仕事ぶりを発揮していく。豪円の「もっとこっちに光を頂戴」という簡単な指示で、レフ版を的確に動かしている。敦也に教えて貰ったのだが、レフ版というのは被写体に光を当て、影を弱めたり出来る代物らしい。影を飛ばして、はっきり被写体を際立たせたい際に使う物とのことだ。

 数枚撮ると、豪円は真剣な表情で素早くカメラをチェックしている。

 パソコンに映し出した透は、無表情ながらもこちらを射抜く鋭い視線をしており義孝はドキッとした。まるでさらに美形にして色気の増したYOSHIのようだ。やはり豪円のカメラを撮る力があり、美形の透がさらに恐ろしい程美形になっている。カッコいい―――義孝は素直にそう思い、呟いてしまった。

「…義孝さん」

 透のうっとりした声に、思わず口を押える。

「あ〜、私の目には狂いなかったわぁ。どう? もう少し報酬は弾むから義孝ちゃんと撮ってみない?」

「いいですね、それっ、俺も見てみたいですっ」

 豪円の一言で敦也は大きくはしゃいでいる。豪円のいやらしい大人の笑みに、義孝は嫌な予感がする。

 すぐに断ろう―――そう思って口を開けた瞬間だった。

「僕は義孝さんと撮ってみたいです」

「えっ」

 透は大きく頷いた。思わぬ反応に、義孝は目眩がする。頷く透の美形さに、義孝は違う意味でも目眩がした。透の一言でスタジオが一気に色めき立つ。豪円と敦也は大はしゃぎで、今にも小躍りしそうだ。そんな今にも撮りそうな空気と雰囲気に義孝はすぐさま待ったの声を上げた。

「伊勢さんはいいと思うけど、俺は場違いだから撮らなくていいよ」

 透は元々美形だからいいが、義孝はカメラの力でイケメンにしてもらった立場だ。

 隣に並んだら悲惨な事になる、そんな思いで首を振ったのだが―――そんな義孝の想いとは裏腹に周りの反応は予想外のものだった。

「ええ〜〜、世間の話題になったYOSHIが何いってるのよぉ、イケメン二人が並んで撮らないなんてそんな事ありえないわぁ〜!」

「そうですよっ。俺は二人のアダルティな雰囲気の写真が見たいんですっ」

 アダルティって、なんだよアダルティって―――。

 そんな義孝の心からのツッコミも通用しないような、二人の雰囲気に義孝は圧倒される。鼻息荒く義孝に迫る二人にさらに透が追い打ちをかける。

「僕、義孝さんと撮ってみたいなぁ…」

「ウッ」

 まるで子犬が捨てられたような瞳で透にも迫られ、義孝は低く呻き固まる。

 そんな甘えた声を出すなんて卑怯だ。まるで自分がいじめているような気分になるじゃないか―――義孝は色々と考えを巡らせたが、スタジオの「二人の写真が見たい」という空気にも負け、結局は頷いてしまうのだった。

 ―――なんで、こんなことになっているんだ?

 義孝は今日何度目かの思いが頭の中で浮かんでは消えていた。

「義孝さん…」

「い、いせさん…」

 蕩けるような笑みの透が今にも唇に触れそうな距離にいる。しかも上半身裸という心臓に悪い状況で。透の身体は、ガタイがよく、男の義孝が見てもカッコよくて見惚れてしまう程だ。異性であればその威力も倍のモノになる。スタジオの女性たちは透のその美しい裸体に目をキラキラさせて見つめていた。

 義孝ももはや何でこんな状況になったのか覚えていない。きっと全て豪円の言葉によるものだが、透も思いのほかノリノリでその要望に応えていったのも原因だろう。透の言葉は説得力が妙にあってしまうので、義孝も透に「上を脱ぎましょう」と言われればOKを出してしまっていた。

 ―――俺はこんなに意思が弱い男だったっけ―――?

 衆人環視の中で写真を撮る事は分かっていたのに簡単にOKを出してしまった自分を恨む。そんなことを上半身裸で思っていると、耳元に低い声が囁かれた。それは甘さが含まれており、背中に寒気ではないゾクッとした震えが襲う。

「名前で呼んでくれないんですか…?」 

「えっ」

 思わぬことに、裸眼の目ではあるが、透の顔をじっと見つめてしまった。眼鏡をはずしてね、と豪円に言われたので義孝は裸眼の状態だった。コンタクトは怖くてイヤだと訴えて、今義孝は両目0.01の視界で生きている。

 透の顔は見えないが、寂しそうな顔をしていることは分かる。

「ちょっと、2人とももっと身を寄せてくれるー?!」

「はい、了解です」

「ぎゅあっ、マジでいってるのか?!ち、ちけぇっ」

 豪円の言葉で素早く身を寄せた透に、義孝は思わず低い悲鳴を上げる。直接触れあう熱に、ドキッとした。

 上半身裸の男が絡み合う絵はスタジオ的には大丈夫なのか―――?!

 そう思い周りを見ると女性たちが黄色い歓声を上げているので、どうやら受け入れられているらしい。

 その様子に義孝はほっと息を吐く。二人の今の絡みは、透が後ろ義孝を抱き寄せている状況だった。上半身裸の状態での肌の触れ合いは、義孝には刺激が強すぎた。先程から、触れ合う部分が段々と熱くなってしまいもう透に気づかれるのではないかと気が気ではない。

 義孝の身長は180センチ以上で身体も柔道をやっていただけあり、ガタイがよく筋肉質なものだが、透はそれよりも身長が高く同様に筋肉質だ。透に覆いかぶさるようにされると、収まる自分が恥ずかしくて顔が熱くなる。

 身体から感じる透からの熱に、義孝の心臓は早くなる。それは透も同様らしく、先程からドクドクと二つの心臓の音が身体に響き渡る。義孝は早く終われ、終われ、と何度も心から願う。

「透ちゃんっ、YOSHIの顔を隠すようにしてっ、ああっイイ感じよぉ〜」

 いつの間にか透の事をちゃん付けにしている豪円の声と共にいくつものカメラのシャッター音がスタジオに響く。

 二人の様子は、敦也の言う通りアダルトな雰囲気が流れていた。男らしい二人の絡みではあるが、だからこその色気が二人にはあった。近くで見学をしていた敦也もその二人の媚態に目が離せなかった。透が動くたびに、義孝の腰が恥ずかしそうにもじもじと動く様子は、妙にエロティシズムを感じ思わず喉を鳴らす。そんな想いを抱いていたのは、決して敦也だけではなかった。

 ―――義孝さん、凄くセクシーだ…。

 透はそんな不埒な事を思いつつ、今にも汗が噴き出た義孝の首筋を舐めとるのを我慢していた。筋肉質で健康的な首筋に浮かぶ汗は、透にとってはご馳走に見えた。逃げられないように脚を絡めせ、身体をしっかりと強く抱きしめる。力の強い、男らしい義孝はこういう状況に持っていくのが難しい。

 この撮影でこんなに密着出来るなんて思っていなかった。あのカメラマンには感謝してもしきれない。

 だが、それだけで済ませないのが、透の男としてのサガだった。

 この愛しい恋人は恥ずかしがり屋だし、ココは人の目があるからしてはいけないと分かってはいる。だが、強く引き寄せた瞬間に、恋人の腰が震えた瞬間、理性が焼き切れた。

「あがっ」

 義孝の首に、痛みが走る。悲鳴を上げ噛まれた、と瞬時に理解した。その瞬間同時に舐められた感触がして、義孝は後ろを睨みつけようとした瞬間だった。

 カシャッ、カシャッ、カシャッ―――。

「う〜ん、完璧っOKよぉっ」

 鳴り響くシャッター音と共に、わあっと歓声が上がったのは直ぐの事だった。

「て、てめえ…いってえじゃねえか…っ」

「あ、あぁっ…」

 義孝は怒りのあまり、グルル…とまるで獣のように呻き、透の手から抜け出し思い切り睨みつけた。それは他の人から見たら悲鳴を上げるような恐ろしい眼光であったが、むしろ透にはご褒美なのか歓喜の悲鳴をあげる。今透の服はなく、胸ぐらを掴むことが出来ないので、義孝は至近距離でガンを飛ばす事しかできない。

「義孝さん、すき…」

 発情した雄の表情のまま告白され、義孝の様々な沸点が飛び越えた。恥ずかしさと、怒りの沸点だ。

「はぁ?! ふざけんなっ、この変態野郎ッ」

「うっ」

 怒りのまま、透の脛を蹴り上げた。股間にしなかったのは、義孝の少しあった理性のおかげだろう。義孝は、近くに置かれていた服を着つつ、豪円の元へ駆け寄った。

「今の撮ってなかったよなぁ?」

「心配しないで〜撮ったに決まってるじゃないのぉ、サイコーの出来だったわぁ」

「はあ?!」

 義孝の怒号を気にしていない程興奮した豪円が見てこれぇ、雄さが凄いわよぉ―――!と言いながらパソコンに映った画像を見て義孝は赤面するしかなかった。

 そこには、義孝の顔を男らしい武骨な手で隠しながら、鋭い眼光でこちらを見据える透の姿が映っていた。義孝の肩と首で透の姿は目ぐらいしか映っていなかったが、それは豪円の言う通り今にも捕食しようとする『雄』の姿がそこにはいた。

 そして透の手から見えるのは強い睨みと、見えた歯が鋭く今にも食って逃走を図ろうとするもう1匹の『雄』の義孝の姿だった。

 セピア色でまとめられたその凄まじい一枚に、文句の一つでも言おうと思っていた義孝は何も言えなくなってしまった。

 

 

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