RIP IT UP

第8話

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 それから何枚か写真を撮られ、やっと解放されたときには義孝はヘロヘロになっていた。もう義孝の身体も若くない。無理は出来ないなぁ、と呟くと豪円に「何言ってんのぉ、まだまだよぉ!」と言われてしまった。

「はい、これぇ」

「有難うございます」

 床に突っ伏した義孝の耳に聞こえた声に、思わず身体を起き上がせる。目の前に飛び込んできたのは、ニッコリとした笑みで何かを渡す豪円とそれを受け取る透の微笑みだった。

 ―――報酬は何ですか?

 ―――そうねぇ、YOSHI未公開データなんてどう? 

 先程の二人の会話を思い出し、義孝は慌てて立ち上がり止めに入る。

「ちょっ、何渡してんだよッ」

「何って、うふふっ…」

 豪円は手を小さくぶらぶらとさせた。透が持っている小さなチップは義孝の知らない自分が入っている悪魔のデータだ。

「うふふ、じゃねぇよ! 伊勢さんも受け取んなっ」

「義孝さん…」

 透は不満そうにこちらを見ている。どうやら名前で呼んでいない事に不満があるらしい。

「…ッ」

 甘えた表情の透にウッとなる。同じぐらいの身長で大きな大人なのに、どうして少し可愛く見えるのだろう。透がうっとりとした表情のまま口を開く。

「…義孝さん、また一緒に撮りましょうね」

「絶ッッッ対にイヤだ…ッ」

 義孝は大きく吠える。それに対して、周りにいる人々は抗議の声を上げる。

「え〜、絶対に話題になるのに〜」

 と、豪円。

「そうですよ、ワイドナショー独占狙えますっ」

 と、敦也。義孝を囲んだ男たちの目はキラキラとして期待に満ちた眼差しだった。義孝はその様子を見て身体を震わせ大きく叫ぶ。

「世に出す前提で話すなーッ」

 その義孝の言葉に、弾けるように皆は笑っていた。久しぶりに自分の言葉で人々が笑ってくれたような気がした。

 

 

 ―――――この二人、野獣。

「結局出てんじゃねえか……」

 義孝が思わずため息を吐いたのは、ある雑誌の広告を見てのことだった。コンビニに寄った帰りに見つけ、つい思わず興味のない女性ファッション雑誌を買って持ち帰ってしまった。この二人、野獣―――とカッコいい文字で書いてある広告に映るのは義孝と透だ。

 モデルYOSHIと、ITOと書いてあるそれは、YOSHIがITOに噛みつかれる瞬間をとらえたものだった。ちなみに透の≪ITO≫という芸名は伊勢のい、透のとの頭文字からとったものらしい。ソファに寄りかかり、ため息を吐くと背後から声を掛けられる。

「へえ、豪円さんって仕事が早いんですね」

「オワッ」

 義孝を飛び上がらせる程驚かせた張本人である美しい恋人は、蕩けた顔でその広告を見つめる。

 ―――そう言えば、この人に鍵渡してたんだった―――。

 恋人になったからと、義孝がこの間渡した鍵を早速使う貴方の方がよほど豪円さんより早いよ―――という心の声はすんでの所で抑える。先程訪ねてきた透は、すっかりこのマンションに馴染んでいる。隣の家の女性と話しているのを見た時は、感心したものだ。

「元はと言えば伊勢さん…じゃなくて透が変な取引したからこうなったんだろ」

「…義孝さんとの写真が世に広まって僕は嬉しいです」

 うっとりとした顔で言われ、

「俺はそれが嫌なんだよっ」

 豪円は早々に、この間撮った写真を広告に使った。透がOKしたらしい。義孝にその連絡が来たのは、もう広告が出てしまってからだった。当然抗議しようとしたが、透に止められた。今でもムカついているが、透の寂しそうな顔を見るとそんなに強くは言えない。

 義孝の否定に、透はまるで大型犬のように顔を雄弁に曇らせる。

「義孝さん…」

 寂しそうで、悲しそうな表情に、義孝は目を逸らし憎まれ口を叩いた。

「…っ、もしなんかあったら責任取ってくれよな」

 義孝の言葉を発した瞬間、時が止まったかのように部屋が静かになった。

 自分は何か変な事を言ってしまったのだろうか。そう不安に思っていた義孝の耳に驚くべき言葉が聞こえた。

「…じゃあ、結婚しませんか」

「え゛ぇっ」

 思わぬ告白に、後ろを振り向いた瞬間背中に温かいモノが触れる。透が義孝を抱きしめたのだ。義孝は突然の事に驚きの声を上げ、固まった。優しく抱きしめた透に、義孝は「冗談だろ」とは言えなかった。透の手は微かに震え、緊張している事が分かったからだ。

 透からのプロポーズに、義孝は俯いた。そして言葉を選びながら、ゆっくりと口を動かす。

「…今、ここじゃ結婚出来ないだろ」

 今この国には、同性同士の結婚という制度はない。養子縁組、という手もあるが、この国では根本的に夫婦としての契りは結べない。まだまだこの世界は、手放しで透と義孝を祝福するようには出来ていないのだ。

「じゃあ、制度が出来たら結婚して下さい。僕は貴方と一生を過ごしたいんです」

 それは真摯な男の言葉だった。透が嘘を言っているわけではない。本気でそう思い、義孝に話している事が分かる。

「アンタ、ホント…馬鹿じゃねぇの…」

 義孝は泣きそうになる。自分は結婚なんて出来ないと思っていた。月村たちに凌辱を尽くされたこの身は、誰かと添い遂げる事なんて出来ないと。彼女を持って結婚したい、そうは思っていたが、それは願望に過ぎず本当は叶わないし叶えなくてもいいとさえ義孝は考えていた。

 だが透の夢物語のような言葉は義孝に希望を与えてくれるような気がした。

「ダメ…ですか?」

 切なげに言葉を発する透に胸が痛くなる。ぎゅうっとさらに強く抱きしめられ、義孝は目を瞑る。

「前にも言ったけど、こんな不良債権…結婚したところでどうなんだよ」

「寝ている義孝さんに、おはようございますって挨拶出来ます。あと、ご飯とか掃除とか…色々とします」

 ―――そう言う意味じゃねぇよ。

 そんなことを言おうと思ったが、どうしてだか笑えてきた。

「ははっ、バッカじゃねぇの…。俺だって掃除とかご飯少しぐらいは出来るわ」

「…結婚、考えてくれるんですね」

 はあっ、と熱い息が首に当たる。透の声はほっとした声音だった。

「ッ」

 透の言葉にかあっと顔が熱くなる。その様子を見た透がさらに蕩けた顔で、義孝を見つめる。

「義孝さん、かわいい……」

「あっ、おいっ、やめろっ明日も仕事あんだろ?!」

 頬や鼻にキスを落とされ、どさくさに紛れてズボンの中に手を入れられる。義孝は大きく反抗するが、透の方が力が強く、まるで赤子の手をひねるように軽くかわす。そして紳士的な笑みを浮かべ、義孝を愛おしそうに見つめるのだ。

「そういう事言って貰うともう僕たち新婚さんみたいですね。義孝さんのフリフリでセクシーなエプロン姿見てみたいなぁ…」

 義孝の脳内に、男の身体である自分にフリフリのエプロンを着た姿が浮かんだ。それは自分の想像だけでも気色の悪い代物で、義孝は口悪く抗議の声を発した。

「裸エプロンとかマジ変態だな、アンタ!」

「裸エプロンとは言ってないですけど、それもいいかもしれないですね」

「うぐっ」

 義孝は墓穴を掘ったのかもしれない。クスクスと愉し気に笑う年下の恋人。愛を誓うと言った、変態ではあるが自分にはもったいなすぎる優しい男。どうしてこんな人が自分に尽くしてくれるのか。その理由を聞いたとき、透は言ったとして納得しないと言った。それもそうだろう。義孝は自分の事が大嫌いだったから。

 だがこうして好きと言われるこの人が現れてから、その気持ちは薄れ始めていた。

「じゃあ、手始めに…」

 義孝はその言葉を耳に囁かれ、顔を真っ赤にした。透はまたそんな義孝を見つめる可愛いと言ってくる。

 義孝がぶっきらぼうに肯定の言葉を言うと、透は美しく笑いそっと唇を寄せた。それはまるで誓いのキスのようだった。義孝はそれを受け入れ、掴むはずもなかった幸せを感じ噛み締めていた。

 

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