最近俺の幼馴染と先輩の様子がおかしいのだが

 


...16

 

 それが、ショウゴ先輩に腹をぶん殴られたんだと気づいたのはすぐだった。

「ヨウ!!!」

 俺は叫ぶ。瞬間、陽人が身体が地面に叩きつけられる音が響いた。痛そうに顔をしかめる陽人に俺は駆け寄る。俺も殴られた腹が痛いが、そんなことは言ってられない。

「来るんじゃねえッ」

 陽人は吠える。俺は身体を硬直させた。陽人は息を荒げながら立ち上がった。よく立ち上がれたな、そう思うぐらいのふらついた身体だ。俺たちはボロボロだった。まだ始めたばかりなのに。

 ショウゴ先輩は愉しそうに笑っている。

「よく立てるなぁ、本気の一発入れたのに」

 目を見開いて俺たちを射抜く先輩に、ゾッとする。

 まだ先輩は「やる」気だ。

「まだ…アンタに一発いれてないですからね…」

 陽人は本気の一発を入れられてもまだ笑っていた。恐ろしいと思うと同時に、頼りになる男だと思う。うおおおっ、と周りの観客…男たちが湧いた。先輩は腰に手を当て、豪快に笑って見せた。

「あははっ、頼もしいなぁ。これなら二人にリリッシュをまかせても大丈夫だな」

「は?」

「え?」

 リリッシュを、まかせる?

 俺たちは素っ頓狂な声を上げて石になった。ショウゴ先輩は一体何を言っているんだろう? 笑っているショウゴ先輩は、俺たちを真っすぐに見つめていた。攻撃をやめ、拳を腰につけ、口角を上げている姿は俺たち二人には異様な光景に見えた。草原で、急に喧嘩をやめた俺たちに回りがざわついていた。

 固まっている俺たちにシゲ先輩が、コホンと咳払いする。

「えー、今までのは、ヨウっちと、ありりんがリリッシュの後を継がされるかどうかのテストでした〜」

「はあ?」

 のんびりとした口調で言い切った言葉は俺に衝撃を与える。混乱した俺に、陽人が叫ぶ。

「どういうことだよそれっ」

「ショウゴと俺ら3年ってもう半年で卒業じゃん? リリッシュの次のリーダー決めなきゃいけないなってなってさぁ、それならありりんがいいってショウゴは言ってきて〜」

「えっ、えっ?」

 シゲ先輩は、のんびりとした口調で言ってくる。それは俺には驚くしかできないことで。

 つまり果たし状ってリーダー試験だったってこと?

「じゃあ、先にありりんの勝負で決めようってなって〜、果たし状したわけ。そしたら何故かヨウっちも来てビックリだわ。ってか、俺はヨウっちがいいと思ったから、ついでに来てくれてラッキーって感じだったけどね」

「はああ?!」

 陽人が「ありえねえ!」とさらに吠える。リリッシュの3年のメンバーはこの事を知っていたのか頷いている。

 俺は頭が真っ白になった。陽人が逆鱗に触れたかのように怒っているのを見てさらに混乱する。

 ―――ショウゴ先輩が卒業。

 それは分かっていたが、そんな事を言われてしまうと現実感がない。半年後、3年生は高校を卒業してしまう。ショウゴ先輩も、シゲ先輩もそれは例外じゃない。考えないようにしていたが、それは逃れられない現実だ。

 先輩に言われて、ズシっと心にきた。

「んで? 有人、次のリーダーやってくれるか?」

 満面の笑みでショウゴ先輩に聞かれて、俺はぼうっとしていた意識が一気に戻る。

「そんな事…急に、言われても、」

 俺は自分の気持ちを吐露する。力が抜けてへたりと地面に膝が付いた。しぼんでしまった風船のように、身体がふにゃりと曲がる。陽人はそんな俺の腕をぐいっと引っ張る。

「俺ら、リリッシュのリーダーなんてやりません。おい、さっさと行くぞっ」

 バッサリと言った陽人に、周りがどよめいた。先輩らが目を剥いているのが分かる。俺は思わず口を開く。

「ヨウっ、お前何言ってん―――っ」

 陽人の眼を見て、言葉が引っ込んだ。

 ―――怒っている。

 それが分かる表情だった。俺は驚きで言葉が出ない。陽人は腰が抜けている俺を無理やり引っ張る。腕が涙が出るぐらいめちゃくちゃ痛い。

「おいヨウ! 引っ張んなって!先輩、すいませんっ、もう少し時間くださいっ!」

「ふざけんな何アイツの所戻ろうとしてんだよッ、家帰るぞっ」

 俺は先輩に向かって必死になって叫ぶ。何とか腕から逃れようとしたけど、陽人のほうがやっぱり腕の力が強くてなすがままだった。ズルズルと引っ張られている姿はまるで駄々をこねている子供になった気分だった。

「うん、ゆっくり考えて〜」

 ショウゴ先輩は俺たちを笑顔で見送っている。

 遠くなっていく男たちの集団。夕日に照らされる陽人の顔は背筋にゾワっと凍るものが走るぐらい恐ろしいものだった。―――どうしてこうなってしまったのだろう。俺は無理やり立ち上がり、陽人の引かれる腕の進路で歩いた。

「もう引っ張んなって言ってんじゃん…」

「………」

 俺がそう言っても掴む手の強さは変わらない。陽人は俺の言葉を無視してこちらを見ずに、ずんずんと家に向かって歩いていく。王子様、どうしちゃったんだよ…。俺はそう考えずにはいられなかった。

 それでも俺の頭の中で、先輩の卒業、という単語がグルグル回っていた。

 

 

「腹見せろ」

 陽人の部屋についた途端、奴はそう言った。普段のチャラい表情じゃなくて、真剣な表情だった。泥は落としたが、汚れている制服のまま部屋に来るのは俺でも気が引ける。汚れるから玄関でいいと言ったのに、無理やり部屋まで連れてこられてしまった。

 陽人の手には救急箱がある。俺はしぶしぶとシャツをめくった。

「うわ」

「青あざになってんじゃん」

 ベットの上に座らさせ、陽人ははあとため息を吐いた。腹にはしっかりと先輩に殴られた勲章が青あざとして出来上がっている。俺は痛々しいあざに目を瞑る。つーか、今でも痛いしな。

「湿布はるからな」

「ん、」

 ペリッと湿布のシートをはがす姿は、陽人の容姿に似合ってないので笑いそうになった。陽人はゆっくりと俺の腹に湿布を貼る。俺は冷たさに「ひっ」と悲鳴を上げた。

「他は? ケガあるか?」

 心配そうに言われて、妙に照れる。頭の中で陽人が吹っ飛んだ映像が流れた。

「別にねえよ、てかヨウの方が腹殴られてたじゃん。…俺、貼るよ。腹見せろ」

「いいよ、俺は。って、お前な…」

 断れる前に、俺は服をめくってやる。

「うわーっ、俺より青あざじゃん!」

 陽人の腹にもくっきりと青あざになっていた。思わず俺は叫ぶ。はっきり言って俺より重症だと思う。手が慣れてなくて上手くシートがはがれない。

「いいよ、自分でやるから」

 呆れた陽人にそう言われたが首を振る。

「ダメだって。お前、俺助けてくれたじゃん」

「……」

 そう言うと陽人は黙った。やっとシートをはがした俺は、震える手で青あざ部分に湿布を貼る。陽人は声を上げなかったが、顔をしかめてこっちを見ていた。妙な空気が部屋に流れていた。

「…お前、リリッシュのリーダーとかならねえよな?」

 そんな空気を崩したのは服を整えた陽人だった。―――リーダー。卒業するショウゴ先輩のかわり。

「え? そ、そんなの、まだ考えらんねえよ…」

 俺は俯いた。声が震える。ショウゴ先輩が卒業するなんて、まだ考えられない。考えたくない。そんな俺に、陽人は畳みかける。

「じゃあ、断れよ? お前、弱いし」

 さも当然のように言われてカチン、ときた。

「はあ? なんでそういう話になんだよっ、ショウゴ先輩とシゲ先輩が俺たちをリーダーにしたいって言ってんだぞっ。お前あの場で断って、失礼じゃねえのかよっ」

 激情のまま口を開く。陽人があそこで断ったのは驚いた。だって、普通は悩んだりするだろう。立ち上がり、息を荒げる俺に陽人はあくまで冷静だった。いたって普段通りの表情で陽人は口を開く。

「やりたくないのをやりたくないって言って何が悪いんだよ」

「はあ?!」

 まるで元カノのことを悪く言うような陽人を見ているようだった。軽蔑しきった声で、無表情のまま、俺に向かって言い放つ陽人。俺は恐ろしかった。それと同時に怒りが沸いた。陽人はショウゴ先輩のことを侮辱しているような言葉に思えたから。

「俺はそもそも弱いお前が心配だからリリッシュに入っただけだし」

「〜〜〜〜〜っ、俺はそんな弱くねえよ!!」

 それ以上も以下もない、そう言い放つ陽人は『リリッシュ』のことをどうでもよく思っている声だった。ふつふつと沸き上がる怒りは、弱いと言われただけではなく、リリッシュのリーダーなんてやらないと言い切る事にも起因していた。

 俺の言葉に、陽人は眉をしかめる。

「はあ? 実際ボコられてたじゃん。どこが弱くねえんだよ」

「そ、それは…っ、」

 見上げる視線は俺を責めていた。目を泳がせる俺に、陽人は立ち上がり、シャツの襟を勢いよく掴みかかった。

「だからボコられるお前なんて見たくねえんだよ! リリッシュのリーダーなんて断れよっ」

 陽人の叫びに俺は固まり、息のかかる距離の彼の辛そうに顔を歪めているのを呆然と見ることしか出来なかった。

 

 


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