RIP IT UP〜兄、襲来編〜

 



5

 

 それから3人で色々と話をして、夜22時になったところでお開きになった。佐藤に「また来いよ〜」と軽く言われ「おう」と返事をする。月村にも「またなぁ」と言われ義孝は頷いた。月村と駅までの帰り道一緒に話ながら帰った。中学生の時では考えられない事だ。

 ―――ユイに相談、か。

 義孝は月村と別れてから、言われたことを思い出す。

 ウジウジと悩んでいても埒が明かない。

 妹には悪い気がしたが、義孝は家路の途中でスマホを取り出した。電話帳のユイの番号をタップすると、耳に押し当てた。もし都合が悪かったらまたにすればいい。

『もしもし、お兄ちゃん?』

 ユイの可愛らしい声が、やがて聞こえてきた。久しぶりに彼女の声を聞いた気がする。

「あー。うん。俺だけど。今、大丈夫か?」

『うん。ちょうど孝(たか)ちゃんも寝たところだから。どうしたの? 珍しいね』

 孝ちゃん―――それは妹の息子の名前だ。本当は孝広(たかひろ)というのだが、早速略されている。この名前の由来がなんと義孝と夫の広(ひろ)をかけ合わせたものなのだ。聞いた時は『自分の名前でいいのか』とも思ったが、何より感動が勝った。

 あの時程生きていて良かった、と思ったことはない。

「いや、ちょっと相談があるんだが…」

『えー? 何何?』

 義孝はユイに透の兄の話をした。自分への印象が最悪になった彼について話すのは気が引けたが、仕方がない。ユイは真剣に義孝の話を聞いてくれた。そしてあらかた話が終わると『うーん』と考え込む。

「あ、ごめん。急にこんなこと言って…」

『え? いや、いいんだけどね。お兄ちゃんが相談なんて珍しいなぁ〜って思って。だってお兄ちゃんいつも1人で頑張って抱え込んじゃうタイプじゃん?』

「そ、そうか…?」

 そんな事を初めて言われるが、そうなのだろうか?と疑問を持つ。人の事をよく見ているユイの言葉に間違いはないだろうから、義孝は気をつけようと思った。

『そうだよ〜。たまには頼っていいんだよ? あ、それでその、初さんの話なんだけどさ。やっぱり腹を割って話すしかないんじゃないかなぁ』

「話す…」

『そうそう! だってまだ1回しか会ってないんでしょ? 全然お互いの事分かってない状態じゃん。そりゃお兄さんも知らない男が急に弟と付き合ってるとか言われたらパニックになるって。男同士だし、2人で銭湯でも行って裸の付き合いしたら?』

「裸の付き合いって…」

 銭湯云々は行き過ぎだが、確かにユイの言う通りだ。初の気持ちを考えると、あれは激高しても仕方がない事かもしれない。一度どこかで初とはメールではなく直接話した方がお互いのためな気がした。

『そこまではしなくていいと思うけどさ、やっぱり信用って何回か会って獲得するもんでしょ? お兄ちゃん頑張って! 私は応援してるよ!』

「あ、あぁ…。有難う…」

 ユイの元気な声を聞くと、頑張らなくてはと思う。ユイは透との関係を知っているし、何より応援してくれている。まだ両親には言えていないが、もし話す時が来たら手伝うよ、とユイは言ってくれた。それは義孝にとってとても心強いものであった。

『んで? 後は何かある?』

「んー、あとはないと思う」

『そう? お兄ちゃんは凄く巻き込まれやすいから気をつけてね』

「…肝に銘じる」

 巻き込まれやすいと聞いて、思いつく事がありすぎて義孝は思わず苦い顔になった。義孝は強面で、この顔のせいでいらぬ争いに巻き込まれる事が多々あった。最近は透と過ごしているからなのか、特にそういったことはない。

『お兄ちゃん、私ね〜今、凄くしあわせ』

「急にどうした。良い事だけどな」

 急にユイが電話口で笑った。

『お兄ちゃんもね、幸せにならなくちゃ駄目だよ。この先一生透さんと生きていくんでしょ? この世で一番の…幸せ者に…ならなくちゃ…』

「―――」

 甘ったるく言われた言葉に、胸が熱くなる。そうだ、この先一生、俺は透と生きていく―――。

「ユイ、眠いんだろ? 声、凄く眠そうだ」

『あー、うん。そうかも…。おっぱい、たかちゃんにあげたからかな? ごめんね、お兄ちゃん…』

「じゃあ、寝なきゃ駄目だ。明日も育児あるだろ?謝らなくていいから。 ―――有難う」

『うん…。こちらこそ。またね…。また会おうね…ぜったい…絶対だよ…?』

「あぁ。会おうな。じゃあ、また」

 義孝はユイが切る前に自分から電話を切った。眠そうなユイは彼女が幼い頃を思い出して義孝は胸が温かくなった。彼女は毎日育児で頑張っているのだろう。それを義孝には見せないように、頑張っている。

「どっちが1人で抱え込む性格なんだか…」

 義孝は夜道で一人ごちつつ、急いで透のいるマンションへ足を進めた。

 

◆◆◆

 

 初と話す。

 簡単な事かもしれないが、義孝にとっては難題だった。まず初が忙しいそうだ、と思ったからだ。しかしそれは杞憂で終わる。ユイと電話をした3日後に初からメッセージが届いた。端的な文章で、話がしたいと言う事だった。それは義孝にも嬉しい事だったので、すぐに了承の返事をした。

 約束の日、義孝は透に「会社の飲み会がある」と言って家から出た。

 嘘をつく罪悪感もあったが、ここで素直に初に会うと言ったら素直に彼が送り届けてくれないと思ったからだ。もし決着がついたら、きちんと話すと胸に誓う。

 義孝は約束の時間―――19時に、指定された懐石料理店に来ていた。所謂芸能人御用達の高級店で、一般的なサラリーマンの義孝は場違いな気がした。女将に待ち合わせと言ったら個室に通された。しばらく待っていると、初がやって来た。

 義孝は思わず座布団の上で背筋を伸ばす。初はピシッとしたスーツを着ていた。少しよれているシャツを義孝はいそいそと直す。

「あの。元気くんは…?」

 挨拶をしてから無言だった空間が居た堪れなくて義孝は気になっていたことを問う。

「息子は今母親の家に泊まりに行っている。時間は気にしなくていい」

「は、はぁ。そうなんですね」

 相変わらずアンドロイドかロボットのような無機質な話し方をされてしまい違和感がぬぐえない。この人が透の兄という事実があまり義孝の中でイコールになっていなかった。また無言が続き、どうしようかと思っていると、初は鞄からファイルを取り出した。

 そしてAIが話すように淡々と話す。

「鈴岡義孝。〇小学校を卒業後、×中学校に入学。柔道部に所属し、部長を務め、主将として部活動に貢献。高校も柔道部に所属し、副部長に。大学に進学し、その後インク系の会社に入社。交友関係はあまり広くなく、あまり友人は居ない。恋人は大学の時に一人…」

「ちょ、ちょっと何ですか?!」

 自分のプロフィールをつらつらと言われて義孝は身を乗り出した。どうやら初はファイルに入っていた書類を見ながら言ってるようだ。

「君のプロフィールだ。調べればすぐに分かる」

「か、勝手に…」

 さも当然のように言われて、義孝にあった「仲よくしよう」という気持ちも萎んでいく。

「家柄も特になく、特質する点もない。ただのサラリーマンで、伊勢家に貢献する要素が1つもない。透とも釣り合ってもいない」

「―――」

 あまりの事に義孝は開いた口が塞がらない。ここまでバッサリといわれてしまうと、もうどうしようもない。まるで鈍器で殴られたような衝撃だった。壁があるとか、ないとか、そういった問題ではない。もうきっと彼は自分に対して眼中もないのだ。

「いくら欲しい」

「…は?」

 初の眼鏡の奥にある瞳が細められた。その目は冷たいものだった。 

「いくらあれば透と別れる?」

「…お金を渡せば別れるとでも思っているんですか」

 義孝の中にはもう好かれようという気持ちはなくなっていた。最初から彼の中で自分は邪魔者だったのだ。仲良くするつもりなんてはなから無かったのだ。

「違うのか? そもそも結婚も出来ないし、子供も出来ない。一緒に居て何の意味がある?」

「――――」

 頭の中で、ぶわり、と怒りの炎が湧いた。

「生産性のない無意味なものだ」

 その初の言葉を聞いて、義孝は気付いた。

 このどこか彼が言っているようで、言っていないように聞こえるこの蔑みは―――。

「それって、誰かから言われたんですか?」

「――――は、」

 初の顔が無から驚きに変わる。やっと初は義孝の目を見た。書類を置いて、目を瞬かせる初は動揺していた。

「何と言うか…言わされているような気がして」

「…そ、う。そうだな。周りから言われていた。いつ結婚するんだ、国会議員は所帯を持ってこそ一人前だ。結婚したら、跡継ぎはいつできる?子供がいないのに、何のために結婚した? そんな関係無意味だ。そんな事をいつも言われた。いざ嫁が産んだらやっと解放されたと言って嫁が男を作って息子を置いて出ていった。俺が悪かったのか? 悪かったんだろうな、浮気したのは自分のせいだ。だけど、離婚してもうこれでセックスしなくていいって思ったんだ。あんな、子供を作るだけの気持ち悪い行為、何なんだ? 意味があるのか? ああ、俺は、なんで、」

「―――初さん!」

 初の口が、壊れたラジオのように言葉が溢れて止まらなくなった。身体が震え、顔は怯え切っている。

 こんな初の姿は想像出来なかった。思わず義孝は叫び、震えている大きな手を掴んだ。初の顔が義孝の目を凝視していた。

「思い出さなくていいんです。ごめんなさい。俺…初さんの気持ちを、考えてなかった…」

「……どうしてきみが、そんな、顔をする」

 項垂れた義孝を見て、初が驚いた顔をしている。

 それはとても初が人間らしく見えた―――。

 

 


続きは誠意制作中です。作者を励まして下さる方は下の拍手ボタンを押してくださると嬉しいです。

inserted by FC2 system

 

inserted by FC2 system