ンドルフィンと隠し事

3

 

 

 そのあと、好紀は二人と一緒にカラオケに行って久しぶりに会う友人たちとめいいっぱい息抜きと言う名の遊びをした。

 だが好紀にはずっと二人との見えない壁を感じていた。大林と高畑には分からないだろう、その壁は確実に好紀との間にあった。好紀はこれからずっと、その壁を感じて二人と付き合っていかなければない。好紀が嘘を吐き続ける限りは。

 きっとその壁が見えなくなる時は、2人に自分の正体を明かしたときだ。

 そんなこと出来るわけがない。

 だってその時には二人は好紀の前から消えてしまうから。

 だが、と思う。もしばれてしまったら―――。いや、バレてしまってもいいのかもしれない。それがきっとあんなやさしい人たちに嘘を吐き続けた自分に課せられた罰だというのなら、好紀は受け入れるしかない。

 そんな胸にわだかまりを残したまま、好紀はまた会おうな、と笑う二人を駅で見送った。

 また会おうと、そうと信じて疑わない二人が好紀には眩しくて見えて仕方がない。

 自分にもこんな風に、未来が明るいことを信じてみたかった。

「…また、会おうな…」

 手を振りながら呟いた言葉は、雑踏の中に消え、しばらく二人に会うのはやめようと好紀はそんな哀しい想いをかためた。

 

 

 

「ああ、今日は同伴のある日か…」

 好紀は、ケイタイのスケジュールをみて自身の部屋で呟いた。今は夜の19時―――この時間がディメントの寮で一番人がいなくなる時間帯だ。部屋に居たはずの同室であるイチも指名があり、好紀が部屋に戻ってきたころにはいなくなっていた。

 きっと今の時間、いるのは好紀や他の下位メンバーだけだろう。

 こんなときが一番むなしくなる時間なのだが、今日はまだましだ。ちゃんと指名はされている。上位メンバーの同伴、として。

 同伴と言うのは、ナンバー持ちの特権である青の蝶、蝶の生き帰りの所謂『お付き添い係』だ。疲れたメンバーをねぎらったり、世間話をしたり―――…。メンバーと一緒の車に乗って、部屋まで送り、帰りの部屋まで送り届ける―――それが同伴の仕事内容だ。

 ここディメントで働くうえで客と関わることもなく、性交渉を行わないで報酬がもらえる唯一の仕事だった。報酬は指名をしたメンバーの給料から引かれるので、上位のメンバーと同伴をしたほうが報酬が高いという寸法だ。

 はっきり言ってクレームも来るほどひどい蝶である好紀がここでやっていけるのは同伴という仕事のおかげだ。有り難いことに、好紀は同伴としての人気が高い。

 陰で『同伴のプロ』と嘲りも含めて他の下位メンバーに言われているのは知っている。自分でもディメントでの蝶としての仕事と、同伴としての仕事のどちらかが本業か分からないほどだ。だけれど、ここで首にならないためには―――大金が欲しいのなら、何が何でも金になることはやらなければならない。

「あれ、またクミヤさんから指名が入っている…」

 ケイタイを見て好紀は首をひねる。

 クミヤ―――それはディメントナンバー2である青の蝶の男である名前だった。193センチでディメント1の長身と抜群のスタイルを持っており、同伴として名指し指名され初めて見た瞬間から好紀はこの人は特別な人間だと感じた。

 ナンバー2として相応しい人を寄せ付けないオーラを持っており、彫りが深いかなりの美形である。骨格のしっかりした輪郭、キリッとした眉毛、切れ長の色素の薄い二重の眼、高い鼻、髪はこげ茶のような黒髪で肩まで伸ばしている。

 どこをとっても完璧な男の顔で、どちらかと言うと女顔である好紀は密かにあこがれを抱いていた。

 だが本人の性格はとてもミステリアスで、どうしてディメントで働いているとか、そんな私生活が全く知られていない。寮に住んではいるが、廊下で歩いているところなんて見たことがないぐらいの不思議な人だった。だから同伴で会ったのが初めてで、ディメントのホームページに載っている写真でしか知らなかった好紀は現実のカッコよさに驚いた。

 だからどこかワクワクとした気持ちで同伴として一緒に過ごしたが、そんな好奇のワクワクした気持ちはあっけなく壊された。

 クミヤは、好紀が話しかけても無視をするからだ。

 心が折れそうになったが、好紀はクミヤの反応をものともせず話し続けた。頷きもせず、窓の外を見続けるクミヤに話し続けるのは、車でバカみたいに独り言を話していることと同様で。

 行きも帰りも何も話さず、金だけ専属の運転手に渡してさっさと寮の部屋に戻っていった。

 だから嫌われていると思っていたのになぁ、と思っていたのだが、あれからしばらくたってまた今日も指名があった。

 俺はもしかして気に入られたのかな―――?

 ふふっと、なんだか嬉しくなって笑う。

 だが、そんな好紀の気持ちはまた打ち砕かれた。

「お疲れさまです、クミヤさんっ」

 好紀が高そうなスーツを着ているクミヤに元気に挨拶をすると、彼はさっさと車に入っていった。

 呆然としている好紀に、クミヤは早く入れと目線で睨みつける。

「あっ、はいっ」

 え、また無視―――!

 好紀は前回と同様の辛すぎるナンバー2の対応に、つい叫びそうになる。ドアを閉められた車はやがて発進し、ホテルへと向かっていく。

「今日も蒸し暑いですね〜、クミヤさんも辛くないすか?」

「………」

 満面の笑みで話しかけたのに、クミヤは一瞬だけこちらをみて何も答えない。心も折れるが、段々とムカムカとした気持ちがやってきた。だがこれも仕事だ。お金をもらっている、ナンバー2の給料から天引きされる金はきっと高いだろう。

 その後もいろいろと話しかけたが、やはり無視された。運転手もいるなかで、こういうのはさらに堪える。

 話しかけみていて感じるのだが、彼はこちらに関心が全くない。まるでどうでもいいゴミを見ているの様な目をずっとしている。

 他のメンバーより拷問のように長く感じた同伴は、おだやかな停止で目的地についたことにより終わりを迎えた。

「あ、俺最近ホットケーキ作りにハマってるんですけど…あっ」

 急いで好紀は、ドアを開け、クミヤをお見送りしなくていけない。好紀はひとり言を中断させ、クミヤを車の外に出るのを見守る。

 立った瞬間やはり感じるのは、ナンバー2だからこそ―――いや、ナンバー2になれる器だからこそ分かる圧倒的なオーラだった。人を寄せ付けない雰囲気が、むしろ人の目を引く。

「いってらっしゃいませっ」

 深々とお辞儀をする好紀の横をクミヤはスタイルのいい身体で素通りする。

「……」

 そんな好紀の背中をクミヤは一瞥し、そしてどこも見ていない瞳で、去っていった。

 クミヤがいなくなってから運転手が「あれはいつものことだから、気にしなくていい」と言われて好紀は思い出した。

 ナンバー2であるクミヤは、同伴から次々と辞退するようになる同伴泣かせだということに。その同伴泣かせと言われている理由がやっと分かった。だって、あんなに無視をされたら対人に対してのメンタルは強いと思っていた好紀でさえ、心がバキバキに折れていた。

「あんなにクミヤさんに笑顔でずっと話しかけていったのはキミぐらいだよ」

「あ、ありがとうございますっ」

 泣きそうになっていた好紀は初老の運転手に言われた言葉に、少し救われた気がした。

 今のところ無視されてるけど、いつかこっちを見て話してくれるかもしれない―――。

 なんとなくそんな願いにも似た感情を抱き、好紀は運転手と共に車で寮に戻った。そして帰りを呼ばれてまたクミヤに話しかけたが、また同じように反応もないので心が折れたが、お金のため、これも仕事だとクミヤが興味もなさそうな世間話を好紀は永遠に続けていた。

 

 

 

 

 

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