最近俺の幼馴染と先輩の様子がおかしいのだが

 


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 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 俺はあれから、陽人を避けてしまっていた。だって、「あんなこと」があってどんな顔をすればいいのか分からない。なのに、陽人は何食わぬ顔で、まるで「あんなこと」なんてなかったかのように、平然と接してくる。

 そんな風にされると、こうやって意識をしている自分が異常なのかと思った。だけれど、少なからず俺はあんなことをされて、恥ずかしかったし、幼馴染であんな事をするなんてあり得ないと感じた。世間的にどうなのか、先輩に聞いてみたかったが、聞いて幻滅されたら嫌だったのでやめた。

 俺が陽人を避けている間に、あっという間に、海の家「ちゅら」のアルバイトは終わった。

 コウヘイさんは無事目標の売り上げ以上儲けたらしく、俺たちに臨時ボーナスをくれた。これなら、車校に通うためのお金は足りるだろうし、バイクの免許を取れそうだ。まあ、頭が悪いので車校に通ってからの方が大変な気がするけど今は考えないようにしよう。

 改めて、アルバイトを紹介してくれた井口には感謝を言わなきゃな…。

 そんな事を考えていたら、あっという間に学校に着いた。

「あつ…」

 俺は思わず天を見上げ呟いた。夏休みが終了して、今日で1週間は経った。セミはまだ鳴いているし、暑いので、まだ夏休みでいいんじゃねえのと話している男子の横を通り過ぎる。全くその通りだと思う。

 俺は一人で登校をしていた。そんな生活を今日で一週間は経とうとしている。隣に話す人間がいないと朝は静かだった。

 陽人にどんな顔をして会えばいいか分からないし、何よりも気まずかったから。用事もないが朝早めに出て、陽人に会わないよう時間をずらして登校している。クラスで陽人に会えばこの事について文句を言われるが、それを俺は無視している。

「ん…?」

 下駄箱で自分の靴箱を開けたら何かがヒラリヒラリ…と落ちてきて俺は首を傾げる。腰をかがめ、それを拾うとそこにはデカデカと『果たし状』と書いてあって俺は眩暈がした。

「何お前ラブレター貰ってんの?」

「ギャーッ!!!!」

 突然響いた声に、俺は雄たけびを上げる。身体がびくつき、驚きを隠せない。ビックリしすぎて少し紙をクシャッとやってしまった。

「うわ、うるさっ」

「うおっ、陽人っ」

 後ろを振り向くと、口を尖らせた陽人が居てビビる。正面玄関から漏れる光でキラキラと金髪が煌めいている。

「マジビビるから神出鬼没なのやめろっ、あっち行けっ。シッシ!」

 俺は顔をしかめて、手で振り払う仕草をする。そんな俺の拒否を物ともせず、陽人は口を開いた。その口には愉し気に笑みを浮かべている。

「前から思ってたけどお前ってビビりだよな」

「うるせーっ! どけって言ってるだろッ、そこ邪魔なんだよっ」

 体を押しのけようとしたけど全然動かない。俺を追いかけてきたのか知らないけれど、こんな時間に鉢合わせるとは思っていなかった。もしかしなくても、陽人は執念深い性格な気がする。

「てか何持ってんの? 手紙?」

 指摘され、俺は慌てて手に持っているものを隠した。こんなの見られたらヤバイ。妙に過保護の奴の事だ。心配されるに決まっている。

「お前には関係ないだろっ」

 ぐいっと肩をひかれて後ろから肩を組まれてしまう。身体に感じる熱に心臓が早くなる。頭の中でこの間の事が浮かんで必死に頭を振る。体をどけようとしても全く動かないので俺は諦めモードに入っていた。

「関係あるだろ。お前は俺の幼馴染なんだから、お前のものは俺のものだし」

「何そのジャイアン的な考え…」

 堂々と言われて俺は呆れた。―――そんな「幼馴染理論」は通用しないと思う。なんて言ったらまた面倒なことになりそうで、それ以上は言わなかった。それが良くなかったのかもしれない。俺が一瞬気が抜いた瞬間だった。

「まあいいじゃん、貸せよ」

「あ、ちょ、おい俺も見てない―――」

 軽快な一言と共に手から手紙( 果たし状)を奪われ俺は焦った。言葉を続けようとしていたら、冷たい声が耳朶に響いた。

「は…?」 

 陽人にピリッ…とした空気が纏い、俺はドキッとした。まるで学校が氷に包まれたみたいだった。陽人の事を甘い顔で「王子様」ってキャーキャー言っている女子に聞かれたらマズイぐらいの怖い顔と声音で、俺は固まった。文句を言おうとしていた口が開いたまま動かない。

 彼はゆっくりと三つ折りになっていた中身を開き、文章を読み上げる。

「『明日の16時、河川敷でお前にタイマンを申し込む。逃げないように。 篭山シュウゴ』……」

 え、先輩―――??

「俺も行く」

 色々と混乱している俺の耳朶に陽人の声が響く。その声は決意に満ちていた。

「……え?」

 さらに俺を混乱させた陽人は俺に果たし状を押し付けてさっさとクラスの方へ向かっていった。嵐のような出来事に俺は思わず叫んだ。

「それってタイマンじゃねえだろ?!」

 その叫びは俺以外誰もいない玄関に虚しく響いた。

 

◇◇◇◇

 

 ――――時刻は16時前。河川敷。

「何でおめえホントに来てんだよ…」

 俺は、結局悩みに悩んで先輩のタイマンを受けることにした。「逃げないように」とか書かれてしまったら行くしかないと思う。普通に勝てる気がしないけど…。憂鬱な気分になる自分と、先輩とサシで戦えるなんて楽しみな相対した自分が居た。

 果たし状を受け取ったらそれに答えるのが男だろうし。

「お前だけだと勝てる気しないだろ」

 いつの間にか隣に立っている陽人に俺はため息を吐いた。勝てる気がしないから来てくれたらしいが、それじゃあタイマンではないと何度も言ったのに全然聞いちゃくれない。こうなると梃子でも動かないのが陽人なのだ。10年以上幼馴染しているのでそれぐらいは分かる。

 まあ、確かにショウゴ先輩に俺が勝てる見込みっていうのはゼロに近い。前も手合わせしたけど首にホールドされて死ぬところだったし…。

 先輩は俺に期待しすぎているんじゃないかと思う。この間も一回だけ不意を突いただけだったし。わざわざ「果たし状」なんて出して、タイマンを申し込むなんて気合の入れようが違う。取り敢えず期待外れなんて思われないようにはしたいけど…。

 うーんと悩んでいたら、足跡が聞こえ顔を上げる。そして見上げた先の視線には…。

「ショウゴ先輩…」

 草原の中から砂塵を立ち昇らせこっちに向かってくるのはどっかのヤンキー漫画みたいだなって思った。漫画の扉絵のようなカッコよさでこっちに向かってくる。ショウゴ先輩の隣にはシゲ先輩もいた。というか―――。

「リリッシュのみんなもいるんですけど」

 ショウゴ先輩とシゲ先輩の後ろから見慣れたリリッシュのメンバーが大勢居て俺の頭はクラクラした。マジで皆が歩くたびに砂が舞ってるし、どっかの漫画のようだ。

「勢ぞろいって感じだな」

 隣の陽人が他人事みたいに言っている。あれ、タイマンって言ってたよな。まさか、俺が陽人と組むって知ってショウゴ先輩怒ってリンチしようとしてんじゃ?!

「よお、有人。っと…陽人くんもいるのね」

 ビクビクしてた俺が安心してしまうぐらい…これからタイマンを張るとは思えないぐらい―――相手の俺に対して手を上げて嬉しそうに笑顔で接してきて俺はかなりたじろいだ。ショウゴ先輩の赤髪が日に照らされてキラキラしている。先輩の事が素直にカッコいいって思った。制服を着崩してやってきた…まるで遅れてきたヒーローみたいだ。

 休日の河川敷は大勢の男たちの集まる異様な場所へと変貌していた。

「先輩、久しぶりです。今日は俺らがアンタをぶっ飛ばしますよ」

 ニコニコと王子様スマイルで物騒な事を言う陽人にゾッとした。やっぱり、コイツ一言多いんだよ!

「はあ?! お前何言って―――!」

 俺が声を張り上げる前に、先輩が「ふっ」と噴き出した。

「へえ、二人がかりか…それもいいねぇ」

 先輩の愉し気な声とは裏腹に目には野獣のような狩りをする者の光が宿っていたのだった…。

 

 

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