最近俺の幼馴染と先輩の様子がおかしいのだが

 


...02

 

 その時の俺は、ハッキリ言って調子に乗っていた

 買われた喧嘩を買って、チンピラに勝つのがあまりに爽快で、まるで自分が『世界で一番強い奴』になった気分だった。だから、自分の力を過信していたし、大抵の事なんて全部自分の力で一人で解決できる、そう思っていた。

 だが神様はそう甘くはなかった。勝ち続けて鼻が高くなっていた俺にとってその出来事は青天の霹靂だった。

 ある日俺は学校の帰り道―――いつもの道をいつものように歩いていた。図体のデカい…100キロはあるんじゃないかという大男が、俺にぶつかってきたことまでは覚えている。だが、そこからの記憶は曖昧だった。俺が目覚めた時には、そこは道ではなかったのだ。

 俺はいつの間にか使われていないどこかの廃倉庫の柱に縛り上げられていた。目が覚めた俺は円柱と共にぐるぐる巻きのロープで括られた状態で混乱しない人間はいないだろう。俺は狼狽えた。

「よお、起きたか?」

「ッ」

 恐怖を隠せない俺の目の前には鉄パイプを持った同年代の男たちが俺を囲む。それは遊びではなく≪暴力≫が行われることは男たちのニヤついた笑みで想像出来た。

 震える俺を見て気をよくしたらしいさっきぶつかってきた大男がどうしてこんな状況になったのか親切に教えてくれた。大男はこの男たちのリーダーらしい。前に出ると、野郎たちは一歩後ろに下がる。まるで軍隊のようだ。

「お前の幼馴染がよお。俺の彼女寝取ったんだよお、だからよお、ムカついてよお、お前をよお、襲ったんだよお」

「―――」

 ふがふがと鼻息荒く言った男の言葉に絶句する。

 ―――アイリちゃんってコイツの彼女かよ!

 アイリちゃんのイメージが一気に悪くなるが、何よりも陽人に殺意が湧く。何で俺にとばっちりがかかってんだよ。イライラしている俺に、カツンカツンと金属音が鳴り響く。ハッとしてみると豚野郎が、徐々にこちらに近づき鉄パイプでコンクリートを鳴らしているのが見えた。

 喉がヒュウッと鳴る。鉄パイプで頭を殴られたら流血沙汰では済まないだろう。しかも俺はさっきこの男に気絶させられて、ここまで来た。つまりもう一度狂気を持って襲い掛かられたら―――。最悪の想像が頭に浮かんだ。

 俺は必死になって縄を取ろうとするが、びくともしない。必死に逃げようとする俺に、大男は鼻で笑った。

「無駄だぞお、アイツが来る前にいっぱい可愛がってやるぞお」

 男たちの歓喜の声と共に風を切る音が響き渡る。

「――――うっ」

 俺がもうダメだと目を瞑り痛みを覚悟した瞬間だった。

「うぎぅああっ」

「?!」

 俺じゃなくて大男の悲鳴が倉庫の中に鳴り響く。それと同時に何人かの悲鳴も上がった。ドンッ―――大きな音と共に目を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。

 俺の目の前には大男が男たちを巻き添えにしながらうつ伏せになって倒れていた。目の前には赤い髪の大きな男が、大男を見下ろしている。驚き、未だに状況が把握できていない俺を置いて勝手に状況は変わっていった。

「なんだてめえ!」

「兄貴になにしやがる!」

 のぼせている大男の下っ端であった男たちは、鉄パイプを持って赤髪の男に吠える。金属音が鳴っても、男は怯むことはない。そんな様子に男たちは敵ながら圧倒されていた。

 男は圧倒的な存在感があった。まるで陽人のようなカリスマ性、人を引き付けるものが彼にはあった。後ろ姿だけで『漢』を感じ、俺はつい見惚れた。

「お前らよくこんなデブに従ってんなぁ。トップがこの程度なら、下もお里が知れる」

「〜〜〜〜ットラ門会を馬鹿にすんなぁ!」

 赤髪の男の言葉に激昂し、一人の男が襲い掛かろうと鉄パイプを振り上げた―――その瞬間。

「よっと」

「ぎゃあああっ」

 軽く言葉を言うと、彼は振り上げた鉄パイプをいとも簡単に受け止め、まるでそういう事をするのが自然なようにチンピラを投げ飛ばした。男の悲鳴は倉庫に響き渡った。落ちた瞬間骨が折れるような音がして、俺は思わず目を瞑る。

 絶対いてえなアレ…。

 簡単に男を投げ飛ばした男は、ニヤリと勝ち気に笑った。

「ずいぶん軽いなあ。もっと骨のあるやつはいねえの?」

 投げ飛ばした男が持っていた鉄パイプを取り上げ、手でカンカンと鳴らす男はその場の支配者になるには十分だった。

「ひいいい〜〜〜ッ」

 情けない悲鳴を上げた男たちは蜘蛛の子を散らすように倉庫からいなくなっていった。

「すっげえ…かっけえ〜…

 俺は感嘆の言葉を言うしかできない。

 俺の言葉が聞こえたらしい。赤髪の男はこちらに気づき振り向いた。彼は赤髪でオールバックにした、カッコいい人だった。ピアスを耳にたくさんつけていて、一見チャラそうだが、顔の印象は硬派だ。まさに「男」である美形に、さらに俺は尊敬する。

「近頃狙われてるやつがいるって聞いてな。騒ぎが聞こえてきたから来たけど、大丈夫か?」

 もしかして声を聞いただけで駆けつけてくれたのか。―――カッコよすぎない?

「は、はいっ。だ、大丈夫です…」

 なんだか恥ずかしくて顔を真っ赤にして言うと、男は驚いた顔をし、目を細めた。俺と目線を合わせるためなのかしゃがんだ彼は、俺の傷の多い顔を無遠慮に触った。彼の手は冷たく、俺は身体をビクッとさせた。その手は何故か嫌とは思えなかった。

「お前何歳? 名前は? どっかグループ入ってんの? 携帯持ってる?」

 じろじろと無遠慮に俺の顔を見て、彼は一気に捲し立てる。俺は困惑した。

「え、え、っえ…と」

 俺が声をモゴモゴとさせていると、男は勝手に放置されていた鞄を漁り始めた。ブツブツと言いながら鞄を探られ絶句するしかない。

「おお、悪い悪い。一気に聞いちゃダメだよな。シゲにもよく言われるんだ、俺の悪い癖だって。えっと学生証学生証…、お、あった。なんだ、同じ学校じゃん。2年ってことは年下か。で、くにさき…ゆうと?」

「ゆうと、じゃない。ありと、だ。漢字も読めないのかよ」

 咄嗟に出た言葉。何度も言われ続けていたその間違いに俺は思わず口悪く反論してしまった。

 くにさきゆうとくん、くにざきゆうとちゃん―――。初対面の人間はほぼ100パーセント間違えられる自分の名前はとても面倒くさいもので。だからこうやって間違えられるとつい頭に血が上って、いつも怒り口調になってしまう。それで起きた諍いは数知れない。これはなかなか直そうとしても出来なかったことだった。

 まさか助けた人間にそう言われるとは思っていなかったのだろう。彼は驚き、身体を硬直させた。

「―――」

「あっ。す、す、すいませんっ」

 俺は勢いよく頭を下げた。うわ、ヤバイ、って思った。

 平手打ちが飛んでくる事を覚悟していた俺に落ちてきたのは軽快な笑い声だった。

「ぶはっ、お前、生意気な奴。可愛いな〜」

 がははっと男らしく大きな口を開けて笑う彼 (先程先輩だと判明した)に、思いがけない言葉を言われ逆に固まる。可愛い―――それは男で170センチ越えの不愛想である自分には一番縁のない言葉だった。

「え? か、かわ…??」

 可愛いと言われ困惑している俺に、先輩は楽しそうに肩を組む。そして目を細め、囁いた。

「なあ、リリッシュに入らねえ? 俺、篭山ショウゴって言うんだけどそこのリーダーやっててさ」

 リリッシュ―――。篭山ショウゴ(かごやま しょうご)―――。知らない単語が同時に入ってきてさらに混乱している俺の耳に「有人!」と見知った声が入ってきて俺の頭はそのまま爆発した。

 それが俺と陽人の―――ショウゴ先輩とのファーストコンタクトだった。

 

 


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