先輩の手に雑誌が握られている事に気づき俺は、視線をそちらへ向ける。するとその視線に気づいた先輩がニヤリと笑った。
「ん? お前もこういう事気になる?」
「うわっ」
雑誌の中身をガバッと見せられた俺は思わずその場で腰を抜かした。そこにはセクシーな髪の長い女性が、水着でポージングをしている所が大きく映っていたのだ。お、おおお女の子の、か、身体が、は、裸―――ッ!
そう言った事にまるで耐性がない俺は顔を真っ赤にして叫ぶとそのまま目を瞑る。
動揺している俺に、先輩は楽しそうにけらけらと笑った。
「お前ってホント顔に似合わず今どき珍しくピュアだよな。ギャップってヤツ?ほら見てみろよ、このページとかいい感じだぞ?」
「み、見せなくていいですっ」
ページが捲られる音が響くが、俺は目が開けられなかった。首を大きく振り、俺にとってはとっても卑猥なページから目を逸らす。母子家庭で母親しかいなくて、兄弟もいない、不愛想なので友達も殆どいない俺は≪そういった話題≫に触れる機会が殆どない。そういうのは、保健体育の授業か、陽人からの話しか知らなかった。
ドキドキと心臓が高鳴り、先輩の気配を感じさらに緊張を強くした。
ショウゴ先輩にちゃんと見ないとダメだろ、そう耳に囁かれた瞬間だった。
「先輩、後輩をいじめるのはやめてください」
その言葉と共に、腕が引っ張られ顔を上げると陽人が真剣な表情で先輩を見つめていた。その真剣な顔にドキッとする。
「え〜、いじめてねえよ? 教育の一環だって」
「コイツチェリーボーイなんで、これは刺激が強すぎます」
「ちぇ、ちぇりー…?」
よく分からない単語が出てきて首を傾げる俺に陽人が「ほら、立てよ」と腰を抜かした俺に言った。俺はふらついた脚で立ち上がり、雑誌を持っている先輩から逃げるようにシゲ先輩の席に向かう。
「あ〜。逃げた〜」
「ショウゴも、いじめはアカンだろ〜」
ちぇっ、とむすっとした顔で話すショウゴ先輩にシゲ先輩も俺に味方してくれた。
「えっ、俺がイジメた流れなわけ?」
その言葉でドッとその場にいた人々が声をたてて笑った。それがきっかけで、ショウゴ先輩はもうそんな話はしなくなった。俺はほっとして息を吐きだす。先程の裸同然の綺麗な女の子が頭の中でグルグル周り、大きく首を振る。
あんな破廉恥な事は忘れよう―――!
俺がそんな事を思っていると、陽人が近寄ってきた。俺は小声でそっとお礼を言った。
「ありがと」
「ん、」
お、照れてる…。
ぶっきらぼうに頷く幼馴染の顔が、少しだけ顔が赤くなっている事に気づき俺はなんだかおかしくて笑ってしまった。なんだよその顔、と言おうと思ったがまた変な言い争いになるかもしれないと思いやめておいた。
リリッシュの皆で、たわいもない雑談をしていたところでリーダーであるショウゴ先輩が「みんな、聞いてほしい話がある」と言った。
その声でメンバーたちの顔が上がる。リーダーの声を聞こうとするメンバーたちの顔は真剣だった。俺も顔を上げ、先輩の顔を見つめる。
「またあの≪トラ門会≫再結成の動きがあったそうだ」
リーダーの声に、「マジか」「え〜?!」と男たちの困惑の声が上がる。俺たちも被害があったトラ門会―――、堂島がリーダーをやっているガラの悪いヤンキー集団だ。堂島が中学を卒業した時点で自然消滅をしていると聞いていたので先輩の話すその内容はとても驚いた。
「噂だが、堂島にご執心な後輩が後を継いだらしい、まあ、あくまで噂だ」
先輩はそう言って、取り敢えず情報があったから伝えとく、と話す。
メンバーたちの顔が曇った所を見て、瞬時に明るく「俺たちの敵じゃないだろ?」と勝ち気に笑った。その場にいる10人ほどのメンバーたちは「はいっ!」と威勢よく返事をする。俺はショウゴ先輩を尊敬の瞳で見つめていた。この人には一言でその場の雰囲気を変えてしまう、そんな力があった。
そんなところに俺は憧れたのだ。
かっけえなぁ…―――。そんなことを思っていると、突然先輩は宣言した。
「じゃあこの辺で今日は解散な」
そのリーダーの言葉に一同は「えぇ〜」と叫ぶ。瞬間、ここのピザ屋の店主―――ショウゴ先輩の両親が出てきて「もう閉店時間だよっ」と怒鳴る。ふとに腕時間を見てみると21時を超えていて、時間が経つのが早いと思いつつ、メンバーは大人しく帰路に着いたのだった。
その帰り道――。
家が隣同士、幼馴染である俺たちは帰り道ももちろん殆ど同じだった。自然と帰るのが一緒になるのはいつも通りだ。
川沿いの道をゆっくりと二人は歩く。外はもう真っ暗で、夏らしい涼し気な風が吹いている。空を見上げると、星空が広がっていた。それをぼんやりと見つめていると「これやるよ」と陽人が何かを投げつけてきた。俺は慌ててそれを掴む。
「え、急になにすんだよっ」
あっぶねえなあ、とヒヤリとする行動に文句を言うと陽人が「ん、」と言って顎をしゃくる。
「…今日お前の誕生日だろ」
「え、あ、ああ…そうだったっけ」
陽人に言われて、俺は首を傾げる。今日は7月14日―――。あ、ホントだ俺の誕生日じゃん。なんか、すっかり忘れてたわ…。
「なんで自分の誕生日忘れてんだよ、爺かよ」
「うっせえ」
幼馴染の暴言を受けながらも手のひらにあるモノを見ると、男物のブランド香水だった。俺は目をぱちくりさせて、陽人の顔と贈り物を見返す。
「へ〜、ありがとな。かけてみるか、…―――って、くっさ!」
蓋を開け、3回程ためしに吹いてみると辺り一面キツイ香水の匂いで充満する。俺が思わず顔を歪め叫ぶと、陽人は俺の頭をはたく。そして耳の近くでギャンギャンと犬のように吠えた。
「だーっ、てめえ、かけすぎだ! 何で3回も押してんだよっ」
「え゛ーっ、知らねえよそんなの、ってかこれ…」
―――陽人と同じ匂いだ。
俺は匂いを嗅いでそう思った。陽人は、もっと薄いが、こういう大人びた匂いがしている。どうして俺にお前と同じものを用意したんだよ――そんな疑問を口にしようとしたらもう一度「分かったか」と頭を掴まれ振り回される。
「〜〜〜〜何すんだよっ」
俺が本気で抵抗しようと動こうとした瞬間、陽人は顔を近づけ囁いた。
「今度大量につけたらシャワーに連れ込むからな」
その声にゾクッと背中が震える。
真剣な顔で言われて、妙に心臓が高鳴る。何でこんな時そんな真面目ぶった顔してんだよ―――。
「お前ってさぁ……」
―――なんか…めっちゃ顔、近くね?
いつの間にか肩を組んでいる幼馴染の綺麗な顔が息のかかる距離にいて、俺は身体を硬直させる。暗いので動いたらヤツの触れあっちゃいけない部分触れそうで、俺はその場から一歩も動けないでいた。
「…っ」
目を細め耳元に落とされた言葉に疑問の声を上げる俺を、陽人は嘲るように笑った。
「ホント、馬鹿可愛いよな」
それは、鼻で笑う声で。俺は自分の血管がブチっと切れる音が聞こえた。
「はあぁ?」
頬をツン…と人差し指で押され、俺は思い切り口をへの字にした。その顔が面白かったのだろう。悪友は大口を開けて大爆笑していた。
―――馬鹿可愛い…ってなんだよ! プレゼント貰って喜んだのが、馬鹿みたいじゃん!
俺はじゃれてくる幼馴染を押しのけ、先程貰ったプレゼントを苦い気持ちで手の中で握りしめ続けたのだった。